「私たちは大量虐殺を未然に防ぐ努力を怠ってきた」/『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治


 アクションもののヒーローはおしなべて無法者の匂いがする。「俺が法だ」と言わんばかりに社会の矛盾や組織の理不尽を踏みつけてくれる。我々に代わって。人気の高い作品というのは、人々の不満を上手にすくい取ってカタルシスを与えているのだろう。


 映画『ホテル・ルワンダ』を観た人であれば、ロメオ・ダレールを知っているはずだ。ニック・ノルティが演じたオリバー大佐はロメオ・ダレールがモデルになっている。国連という枠組みに縛られて、大虐殺を傍観せざるを得なかった司令官だ。


 映画から受けた衝撃は十分すぎるものであったが、私にとってルワンダは遠い国だった。世界中がルワンダを放置しているのだろう、と思いながら私も放置していた。アフリカというだけで、どうせ大した情報もあるまいと決めつけていた。


 映画を観てからちょうど2年後に、レヴェリアン・ルラングァ著『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』を偶然見つけた。これが私の運命を大きく変えることになった。その意味でルワンダは我が精神の祖国といってよい。

 ルワンダについて、ダレール氏は次のように語る。
ルワンダはわたしを変えました。生涯心から消えることのない体験だったからです。大量虐殺は核兵器の使用と同じく、人類が越えてはならない一線です。それなのにわたしたちは、大量虐殺を未然に防ぐ努力を怠ってきたのです」


【『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治NHK出版、2007年)以下同】


 経験が人を変えるとよくいう。そんなのは嘘っぱちだ。経験は誰でもしている。そして経験の劇的さを競うことには意味がない。問われるのは経験ではなく感受性なのだ。世界と人間から感じ取るものが大きければ大きいほど、人は深い生を味わうことができる。


 それにしてもロメオ・ダレールに伊勢崎賢治をぶつけるというのが絶妙なキャスティングだ。この二人は共に地獄を見てきた男であり、平和のプラグマティストである。理想だけでもなく、口先だけでもなく、政治的な現実を知り尽くした上で可能な範囲ギリギリまで平和を推進してきた。

ダレール●アフリカに対する先進国の関心はゼロに等しい状況です。わたしたちは彼らに対して植民地時代よりもひどい仕打ちをしています。わたしたちは勝手に格付けを行って、黒人の住むアフリカ大陸を最低だと決めつけてしまったのです。自分たちに利益がない場所には、決して関与しないと。
 ルワンダで虐殺が始まった当初、部隊を派遣するかどうを判断するため、各国の視察団がやってきました。ある国の代表はそっけなくこう言いました。
「司令官、わたしたちはルワンダに来るつもりはありません。兵力の増強を政府に進言するつもりもありません」
 わたしは言いました。
「なぜですか。ルワンダの惨状をよく見てください」
 しかし、彼は次のように答えました。
「状況はわかります。でも、ルワンダには何の戦略的価値も資源もない。ただ人がいるだけです。すでに多すぎるくらいの人間がね」
(中略)
 そして、さらに彼はこう言い放ったのです。
「白人兵士をひとり送るためには、ルワンダ人8万5000人の死が必要だ」と。
 それがアフリカの人びとの命の価値だったのです。
 結局、ルワンダには誰ひとりとして来ませんでした。


 価値観は恐ろしい。差別を合理化できるのだから。そして自分の価値体系から外れるものは切り捨てることができる。「国益に利することがないのであれば、我が国は関心を持てません」ってわけだよ。日本も無関心だった。そして、あなたや私も。

 1994年8月、ダレール氏はルワンダから帰国。これ以上、任務を遂行する気力も体力もない、と司令官を辞任した。しかし、脳裏からルワンダの惨状が消えることはなかった。ダレール氏は、PTSD心的外傷後ストレス障害)と診断された。2000年6月、ダレール氏は自殺を図り、公園のベンチの下で発見された。国連平和維持部隊の司令官まで務めたダレール氏の自殺未遂に、カナダの人びとは衝撃を受ける。


 ここにロメオ・ダレールの真実があった。深き感受性はどこまでも自分を苛(さいな)んだ。「国連を非難しているが、じゃあお前はどうなんだ? お前は何かしたのか?」という声が胸の中で去来したことと想像する。


 ロメオ・ダレールと伊勢崎賢治は暴力の構図から妥協の知恵を模索する。ダレールの「保護する責任」という主張は2005年の国連サミットで採択される。こうして「国家主権」「内政不干渉」に一撃を食らわせた。しかし条文やルールで平和を構築した歴史は人類に存在しない。悪用されるケースも十分考えられる。


 目の前にある不幸と関わる。世界の不幸に思いを馳せながら。それしかできない。いや、それだけならできる。世界を根本的に変えるのは、不幸を感受する力を促す教育である。他人の不幸に鈍感な人々が世界を滅ぼすのだ。


NHK未来への提言 ロメオ・ダレール―戦禍なき時代を築く