賢者は恐れず

 賢者は恐る恐る歩くことも、用心深く歩くことも必要としない。なぜなら、賢者の自己に対する信頼は大きいので、運命に逆らって進むことを躊躇(ちゅうちょ)することもないし、いついかなる場合にも運命に屈服することはないからである。賢者はまた、運命を恐れる理由ももっていない。なぜというに、賢者は自分の奴隷や財産や地位のみならず、自分の体や眼や手や、およそ人間に生活を愛着させるものはなんでも、いや、自分自身をも、すべては許されて仮に与えられたもののうちに数えているからであり、自分は自分に貸し与えられたものであり、返してくれと求められれば、嘆き悲しむことなくお返しする、というように生活しているからである。


【『人生の短さについて』セネカ/茂手木元蔵〈もてぎ・もとぞう〉訳(岩波文庫、1980年)】


人生の短さについて 他二篇 (ワイド版 岩波文庫) 生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)
(※左が茂手木元蔵訳、右が大西英文訳)