古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

原爆資料館を訪れたチェ・ゲバラ/『チェ・ゲバラ伝』三好徹

 1959年、ゲバラは親善大使として来日した。12日間の日程に広島訪問は含まれていなかった。なぜか?

 1959年革命の成功からわずか半年後の7月、ゲバラ使節団の団長として日本を訪れた。このときゲバラは広島訪問に強くこだわった。日本を訪れたキューバ使節団は6名。団長はゲバラ使節団は日本各地の産業を見学しキューバの特産品である砂糖の貿易交渉もした。広島行きはゲバラの強い希望だった。しかし、日本政府はこれを許さなかった。
 そのときの副団長であったフェルナンデスさん(ノーベル平和賞を受けた反核団体IPPUWのメンバーの一人)が回想する。「どうしても広島を見せてくれないんだ。アメリカがやったことは見せたくない、そう思ったのかもしれない。それなのにチェはすごかった。『僕らには48時間しかないから、日本政府には言わずに広島に行こう』と言い出したんだ」。


【「チェ・ゲバラの原爆惨禍へのこだわりと広島への思い」】


アメリカの隣で革命政権を樹立した連中に、反米感情をけしかけるような展示を見せるべきではない」と日本政府が判断したと考えることもできる。だけど、本当はそうじゃないね。まず間違いなくアメリカ大使館と相談していたことだろう。


 チェ・ゲバラは広島行きを断行した――

 一行は資料館に入った。約1時間かかったというから、長い方である。(同館の平均の見学時間は30〜40分)
 チェは、館内のさまざまな原爆による被害の陳列品を見るうちに、見口氏(※広島県の外事担当)に英語でいった。
「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか」
 それまで、見口氏はもっぱら大使と話すだけで、チェやフェルナンデスとは、ほとんど口をきいていなかった。それまで無口だったチェがこのとき不意に語りかけ、原爆の惨禍の凄じさに同情と怒りをみせたのである。見口氏はいう。
「眼がじつに澄んでいる人だったことが印象的です。そのことをいわれたときも、ぎくっとしたことを覚えています。のちに新聞でかれが工業相になったのを知ったとき、あの人物はなるべき人だったな、と思い、その後カストロと分かれてボリビアで死んだと聞いたときも、なるほどと思ったことがあります。わたしの気持としては、ゆっくり話せば、たとえば短歌などを話題にして話せる男ではないか、といったふうな感じでした」


【『チェ・ゲバラ伝』三好徹(文藝春秋、1971年)】


「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか」――腐敗しきった権力者と戦い続けた男の率直な疑問が、私の背筋に強烈な鞭(むち)を入れた。私は漫然と平和を支持しているうちに猫背になっていた。日本人が唱える平和はいつだって微温的だ。そう。三食昼寝つきの平和主義だ。(Wikipediaでは「アメリカにこんな目に遭わされておきながら、あなたたちはなおアメリカの言いなり(対米従属)になるのか」となっている)


ゲバラとヒロシマ


 人間の思考は立場によって価値観を変える。こうした多重性や複層構造がダブルスタンダード二重基準)を生む。その典型が戦争である。戦争はいつだって緊急事態であるため、通常の法律は適用されず軍法会議によって犯罪性が問われる。つまり、戦争行為自体を犯罪と考えない前提で成り立っているのだ。このようにして我々の思考は、平時における人殺しを憎み、戦時における虐殺を称賛するようになる。


 国家間の戦争は殺人を容認する。だから、殺人以下の犯罪はおしなべて容認されてしまう。


戦時中、日本兵は中国人を食べた/『戦争と罪責』野田正彰


 アメリカは戦後、原子爆弾を投下したことについて謝罪すらしていない。そして日本政府が謝罪を要求したこともない。


 原爆慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という文章には主語が欠けている。そして、「過ち」を犯した責任が不問に付されたままだ。もしも喧嘩両成敗という判断基準があるとすれば、原爆投下は正当化されていることになろう。あるいは、加害者と被害者を一緒くたにして反戦思想を標榜するのであれば、すべての犯罪は「人間の罪」として放免されてしまうだろう。


 原爆資料館を見たゲバラは「これからは広島を広島の人を愛していこう」と語った。キューバでは毎年、8月6日に平和を祈る集会が行われている。キューバの少年少女はヒロシマナガサキに原爆が落とされた日を知っている(「チェ・ゲバラの原爆惨禍へのこだわりと広島への思い」)。



革命家チェ・ゲバラとヒロシマ
米軍による原爆投下は人体実験だった/『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』苫米地英人
原爆投下、市民殺りくが目的
戦争は「質の悪いゲーム」だ/『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆
チェ・ゲバラ
植民地
若きパルチザンからの鮮烈なメッセージ/『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィG・ピレッリ
米国の不快な歴史/『人間の崩壊 ベトナム米兵の証言』マーク・レーン
被爆を抱えた日常/『夕凪の街 桜の国』こうの史代
アメリカ人の良心を目覚めさせた原爆の惨禍/『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録』ジョー・オダネル
ヒロシマとナガサキの報復を恐れるアメリカ/『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎