ヨーロッパの伝統においては、権力の正当性こそ中心的な問題

 ニッコロ・マキャヴェリが、同時代人からだけでなくその後も軽侮され続けたのは、権力の同義的な正当性に無関心だったからにすぎない。まさにそのゆえに、この良心的な人物は、ルネサンス期の腐敗した権謀の世界においてさえ精神的に堕落した者と見なされた。


 ヨーロッパの伝統においては、権力の正当性こそ中心的な問題である。なぜならば、この正当性の概念によってのみ、自由と平等あるいはかつて正義といわれていたものを、社会的、政治的な現実に結びつけることができるからである。そして自由と平等こそ、キリスト教伝来以来のヨーロッパにおいて、基本的な理念であり続けてきたものである。しかしファシズム全体主義においては、それも「ユダヤ自由主義」の嘲笑すべき遺物にすぎない。


【『ドラッカー名著集 9 「経済人」の終わり』P・F・ドラッカー/上田惇生〈うえだ・あつお〉訳(ダイヤモンド社、2007年/岩根忠訳、東洋経済新報社、1958年)】


ドラッカー名著集9 「経済人」の終わり