仏教と菜食主義

 最近ごく一部で例外的なことは見られますが、伝統的に、インド人は牛は神聖だから食べないとされてきました。そして、とくにカースト制度(法律では禁止されていますが、実際には厳然とあります)という身分制度の頂点に立つバラモンたちは、菜食主義で不殺生(生き物を殺さない)の誓いを完全に守っていることに由来する最高の浄性こそが、みずからが社会の最上位にいる根拠だと主張します。
 ところが、じつは、昔々、バラモンたちは、牛でも羊でも、動物の肉を食べていたのです。バラモンたちが主宰する古いヴェーダの宗教は、家畜を解体して祭火に捧げるという犠牲祭を中心とした宗教でした。祭祀を司るバラモンたちは、そうやって犠牲にされて焼かれた家畜の肉を、日本の神道における直会〈なおらい〉のように食べたのでした。
 ところが、西暦紀元前6〜5世紀に興った新しい反(非)バラモン主義的な宗教、とりわけ仏教とジャイナ教は、不殺生を戒(シーラ、心がけ)あるいは誓戒(ヴラタ、絶対に守り抜くとの誓い)の最重要項目として掲げました。そして、家畜を殺してその肉を食らうということが不浄の行いであると厳しく批判し、みずからは菜食主義を採用しました。
 菜食主義は、ジャイナ教の場合は徹底したものでしたが、仏教の場合はそれほどでもありませんでした。在家信者は肉食〈にくじき〉を禁ぜられることはありませんでしたし、出家も、在家がわざわざ自分のために家畜を殺して料理したということが明らかな場合を除いて、托鉢〈たくはつ〉で在家から受けた食に肉が混ざっていても、食べて一向にかまわないとされました。
 一方、仏教やジャイナ教などの新しい宗教に見る見る大量の信者を奪われていったヴェーダの宗教を主宰するバラモンたちは、みずからの宗教を改革し、救済主義色の濃厚な民衆宗教としてのヒンドゥー教を創り出しました。
 そのさいバラモンたちは、ふたたび自分たちの思い通りになる状況になるように、みずからの生活信条を根本的に変えました。そしてジャイナ教流の厳格な不殺生と菜食主義とを取り入れ、まことに図々しいことに、自分たちだけが、古来この浄らかな宗教的生活信条を守り抜いてきたのだと宣言しました。バラモンたちの変わり身の早さには驚かされます。
 さて翻って、救済主義色の濃厚な民衆宗教として成功の道を着実にたどっているヒンドゥー教を身近に見ていた在家の仏教信者たちは、仏教の出家たちが、出家至上主義的な態度を取り、在家の面倒をあまり見ないことに不満を抱き、新しい民衆仏教運動を展開しました。こうして西暦紀元前後に生まれたのが大乗仏教です。
 大乗仏教は、ヒンドゥー教ジャイナ教から取り入れた誓戒を波羅蜜(はらみつ、パーラミター)や誓願(プラニダーナ)ということばで置き換え、在家中心の菩薩行〈ぼさつぎょう〉を宣揚しました。そして同時に、やはりヒンドゥー教ジャイナ教から取り入れた厳格な不殺生と菜食主義を取り入れました。旧来の仏教では、出家は、条件さえ整っていれば肉を平気で食べていたのですが、大乗仏教では肉食を完全に排除しました。明治時代以降、あっという間にこの点で日本仏教は大きく変質しましたが、日本仏教を含め、中国、朝鮮半島、ヴェトナムに広まったのは大乗仏教で、その出家たちは肉食を厳しく避けるのが原則でした。(例外というものは色々あるのですが、例外はあくまで例外です。)


【『仏教の謎を解く』宮元啓一(鈴木出版、2005年)】