古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

パレスチナ人は普通の暮らしも望めない

 ヨゼフ(※突然声を掛けてきた宝石屋のおじさん)は言いました。
「この旧市街は、四つの区域に分かれているんだよ。キリスト教地区、アルメニア人地区、イスラム教地区、ユダヤ人地区、そして『お隣さん』と呼びあって暮らしてきたんだ。
 今起きていることは、宗教戦争だと思うかい? でも俺たちはもうずっと昔から、お互いの宗教を尊重してきた。大戦中、ユダヤ人の迫害が世界で起きた時だってそうだ。迫害から逃れてきたたくさんのユダヤ人を、俺たちパレスチナ人は受け入れてきたじゃないか。
 アメリカは受け入れたがらなかった。ホロコーストを非難しながら、アメリカに住むユダヤ人の手で、ユダヤ難民の受け入れを拒否したじゃないか。ロシアだって、イギリスだってそうさ。
 俺たちは、もともと人が好きなんだ。愛があるんだよ。アラブには。
 土地だって少しくらい狭くなったっていいじゃないか。そう思ってユダヤ難民を受け入れて、一緒に暮らしていた時代があったんだ。お互い鍵だってかけなかったよ。出かける時は一声かければよかったんだ。
 俺たちはもともと肌の色や宗教が違うことなんて慣れっこなんだ。人ってのは、違うんだよ、もともと。同じ人なんてこの世に一人もいやしない。
 いいかい、君の指は5本に分かれているだろう。
 でもな、その指をたどっていくと手の平んとこでちゃんと一つにつながっているじゃないか。宗教や民族が違いを争ったって意味がないんだ。パレスチナ人は人が好きな民族なんだよ。
 納得いかないのは、ただ一つ。イスラエルの建国のしかたなんだ。なぜ、あんなやり方でしか国を作れなかったのか。国を作りたいんなら作ればいいんだ。ちょっと相談してくれりゃいいんだよ。
 なぜ、そこに住んでいた人たちを殺して、村を焼き討ちして、もともとあった村はなかったことにしてまで、むりやり作る必要があったんだ? いったい何を恐れてあんな方法を選んだんだ? ただの臆病者のやり方じゃないか。
 パレスチナ人は和平を望まないって世界の人は思っているらしい。
 でもそうじゃない。ただ、俺たちは平和な暮らしがしたいだけだ。1967年に戻してくれればいいんだよ。その前に戻せって言ってるんじゃない。イスラエルの国に出てってくれって言ってるわけじゃないんだ。普通の暮らしがしたいだけだ。それで十分なんだ。
 なぜ、俺たちには、普通の暮らしも望めないんだ? そこがわからないんだよ」


【『「パレスチナが見たい」』森沢典子〈もりさわ・のりこ〉(TBSブリタニカ、2002年)】