インドと聞いただけで嫌な顔をする側近をしり目に、シン氏のことをもう少し教えてくれと身を乗り出してきた将軍。彼の真剣な眼差しは、私の脳裏にいまだに鮮明に焼き付いている。
シン氏もムシャラフ将軍も、常に草の根の国民の視点から国家の百年先を見つめ、政策を考えていた。そして、国民の過半数が声なき民である事実を熟知していた。国民とは、貧困に苦しむ人々であり、女性であり、身体障害者であり、子供たちであり、さまざまな少数部族であり、インドでは階級制度のどん底にある「アンタッチャブル」である、という事実を念頭に置いていた。
両氏ともに自分を飾らない気さくな人柄である。草の根を自分の足で歩き、権力者を恐れる人々の心を開き、自分の目と耳と肌で彼らの夢と苦しみを学ぶ。それが自然にできる人であり、また、そうする時間を多忙なスケジュールから練り出す努力を惜しまない人だ。
インドもパキスタンも長年の政治家と官僚の汚職腐敗が国家財政を悪化させ、生産性を抑え、貧困解消を妨げてきた。権力者が甘い汁を吸い続ける有り様を前にし、親も子も、またその親も子も、何世代にもわたって社会のどん底に行き続けてきた人々。彼らが日常持つ挫折感は想像を絶する。同情や施し物はいらない。希望がほしい、せめて我が子には教育を、と望む人々を裏切り、公共教育制度の内部までも蝕む汚職は、子供の人口密度を無視して学校を建て、建築費をピンハネし、教師資格のない人間を賄賂と票集めに雇い、教科書の配布制度をも腐らせる。
【『国をつくるという仕事』西水美恵子〈にしみず・みえこ〉(英治出版、2009年)】