中々面白かった。たまにはこんな本もいい。週刊誌感覚で読める。聖人がキリスト教に傾きすぎているきらいはあるものの、そこそこ目が行き届いている。文庫本に善悪を網羅することは不可能であろうが、狙いには好感が持てる。
クリシュナムルティが紹介されているので読んでみたが、まったく当てが外れた。わずか2ページの記事で、長めのプロフィール程度しか書かれていない。ま、取り上げただけでもよしとしておくか。
ナメてかかっていたところ、結構知らない小ネタがあってビックリ。教養は細部から成る。そこに神が宿っていないにせよ。
手っ取り早く言ってしまえば善悪というのは多数決の概念である。より多くの人々を幸せにした人が善で、より多くの人々を不幸のどん底へ追いやった者が悪ってわけだ。
同じ神を奉じるユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、よく「アブラハムの宗教」とも総称される。アブラハムとは、「箱舟伝説」で知られるノアの子孫で、ユダヤ民族の先祖と称される人物だ。
「アブラハムの宗教」という言葉を私は知らなかった。エイブラハム・リンカーンの名前も響きが変わってくる。
キリスト教を築いたのは、じつは開祖イエスではなく、彼の没後に師の教えを広めた「十二使徒」だといわれる。ペテロは、そのリーダーと目される人物だ。
というよりも、ペテロとパウロの二人が「イエス」なる人物を創作したのがキリスト教だと私は考えている。「イエス」という人物が実在した証拠は何ひとつ存在しないのだから。
一歩間違えれば彼女(ジャンヌ・ダルク)は、聖人ではなく魔人として、本書にとりあげられてもおかしくなかった。なにしろ、カトリック教会から異端者、そして魔女という烙印を押されて、火刑に処されたのだから。没後20年を経て、教会がその判定を撤回しなければ、いまだに魔女と称されていたかもしれないのである。
教会のジャッジによって聖女になったり魔女になったりするところが面白い。結局、風評と同じレベルだ。善悪の根拠は人々の理性でも感情でもなく、教会に依存しているということか。火あぶりにされ、「イエス様、イエス様!」と叫ぶ彼女を神が助けることはなかった。
また、ヒトラーの占星術に対する信奉は篤く、戦争の際も、いつどこに攻め込むかはすべて占星術で決めていたといわれるほどだ。ちなみに、これに対抗して、連合国軍も占星術師の意見を作戦にとりいれたというのだから、第二次大戦は魔術戦争という側面もあったといえるだろう。
これも初耳。
ちなみに、グルジェフの思想の影響を受けた秘密結社に「トゥーレ協会」というものがある。これがヒトラー率いるナチスに、多大な影響を与えたのは有名な話だ。
出たよ、グルジェフ!(笑) 尚、ハーケンクロイツに関しては苫米地英人による以下の指摘もある──
お坊さんでもほとんどの人が知らないようですが、「■(=卍の逆)」(鉤十字〈ハーケンクロイツ〉)はヒトラーがチベット密教に憧れてナチの旗に使ったのです。ヒトラーは超人思想の持ち主で、チベット密教はナチズムの元になったのです。有名な神秘思想家ゲオルギィ・イワヴィッチ・グルジェフが持ち込んだ神秘主義にヒトラーは憧れていました。グルジェフやヘレナ・ブラヴァッキーたちがチベットまで行ってきて、ヨーロッパに伝えたチベット密教が、おそらくドイツの神智学協会みたいなものを作り上げたと私は考えています。そのあたりででき上がった神秘主義と、バリバリの原理主義プロテスタンティズムが結びつくと、そのまんまヒトラーの超能力思想に繋がって、それが彼の優性遺伝思想になるわけです。それを生み出した大もとはチベット密教です。少なくともチベット密教は私にとってはカルトです。
最後にもう一つ。国際謀略モノによく登場する「アサシン」の意味──
ニザール派(シーア派 > イスマーイール派 > ニハサン一派=ニザール派)は政治的手段のひとつとして、暗殺を繰り返した。彼らは、別名アサシン(大麻)派と呼ばれていたことは有名だが、とくにシリアのニザール派が勇猛果敢であったため、スンニ派がそう呼んだそうだ。暗殺を命じられた刺客は、大麻など麻薬を服用して任務を遂行していたことからそう称されたようだ。
人が歴史をつくるのか、それとも歴史が人をつくるのか。時の流れが臨界を形成し、一人の人物がある方向へと一気に傾かせる。時代の寵児(ちょうじ)はトリックスター的要素をはらんでいる。
因果という物語性に支配されていると、どうしても人の要素に目を奪われてしまう。事実は何も語らない。物語をつくり上げるのは後世の人々なのだ。
蛇足となるが、掲載されているイラストが薄気味悪い。