芸術は思想である

 実際、こういう宇宙的規模のコンセプトというものを描かせた法皇庁の力や、ミケランジェロの気迫といったものは、いまではもうどこでもだれによっても再現できないようなものです。なぜならば、もうそのような芸術を生み出していた社会的、文化的構造は消滅してしまったからです。古代ローマの栄光を受けつぎ、西欧文明の復興者になろうとしていたルネサンス人文主義は消え、古代文明キリスト教文明の偉大な統治を意図していた法皇たちの野心も消えたのです。ただ、残っているのは芸術です。
 この芸術のなかには、キリスト教がかかえている長大な時間や思想がつまっています。芸術を理解するには、その芸術が生み出された思想や時代を理解しなければならない。これはとてもはっきりしたことなのですが、忘れられがちです。芸術は感覚でつくられ、感覚で理解される感性の文化だと思う誤解がゆきわたっているからです。
 たしかにわれわれは一目でこの芸術に圧倒され、戦慄(せんりつ)さえ覚えるのですが、その理由を知るには知性を働かせなければならない。芸術にいちばん似ているのは人間です。人間を一目見ただけでその威厳や美しさに戦慄することはよくあることです。でもわれわれが戦慄したのは、その人間の目の光や、身振りや、いったことばやしたことのせいなのです。人間は外観であると同時に複雑な意味の発信体なのです。
 したがって、この芸術の常ならぬ偉大さは、その伝えている意味の偉大さに由来する部分がすくなくありません。ですから、ほんとうに芸術をわかるためには、その意味についても知らなければならないということになります。異なった文化を享受(きょうじゅ)するためには、異なった文化を理解しなければなりません。芸術とは、はっきりいいますが、つくるにせよ、享受するにせよ、きわめて思想的なことなのです。(「ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画について」)


【『イメージを読む 美術史入門』若桑みどり筑摩書房、1993年/ちくま学芸文庫、2005年)】


イメージを読む―美術史入門 (ちくまプリマーブックス) イメージを読む (ちくま学芸文庫)
(※左が単行本、右が文庫本)