日常の光景を現代語で歌い上げる/『サラダ記念日』俵万智

 1998年に初めてパソコンを購入し、タイピングの練習目的で入力したファイルを見つけた。何と、14万字も入力していたよ。恐るべき根気だ。ま、若かったからね。また、テキストそのものに魅力があったことは言うまでもない。


『サラダ記念日』を発表した当時、俵万智はまだ学校の国語教師だった。私よりも一歳年長。一世を風靡した本書を私も直ぐに読んだ。年齢が近いこともあって何となく好感を抱いていたのだが、一読後、好感は倍増した。「サラダ記念日」が私の誕生日だったのだ。それ以来、毎日サラダを食べるよう努めている(ウソ)。

「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも
 命令形で愛を言う君


【『サラダ記念日』俵万智河出書房新社、1987年/河出文庫、1989年)以下同】


「命令形」と「愛」のギャップが面白い。落差が激しいため、次の「君」なる言葉が、男女平等を示しているのか、男性を仰いでいるのか戸惑う。ぶっきらぼうな言葉遣いを受け入れ、隠された愛情をすくい取ってお見事。っていうか、口の悪い私にとって都合のいい短歌なのだよ。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と
 答える人のいるあたたかさ


 上手いよね。多くを語らずとも信頼し合える二人。私にも、そんな女性がいた時期もあったんだがな。今? いるわけねーだろーよ。ま、「物言えば唇寒し秋の風」ってところだわな。口は災いの元。


「あとがき」に俵万智はこう記す――

 なんてことない毎日のなかから、一首でもいい歌をつくっていきたい。それはすなわち、一生懸命いきていきたいということだ。
 生きることがうたうことだから。うたうことが生きることだから。


 平明な文章でありながら、歌人として生きてゆく真剣な覚悟が伝わってくる。