バッハには人間とかかわらぬ超越の志向はなく、逆に超越を志向せぬ人間とのかかわりもない

 バッハがこれほどポリフォニーの世界に固執したのは、彼が人間を超えたものへの視点をつねに音楽に生かしたかったからではないかと、私は思う。思想と芸術のあらかたが日常的な意味での「人間」に関心を向けてゆく中で、バッハは、人間を神とのぬきさしならぬ関係においてとらえ、多元的な価値の深みと超越性をもつ、ポリフォニー世界の掘り下げを続けた。(中略)
 大切なのは、人間からの「超越」を、バッハが人間との直接的なかかわりの中で志向することである。バッハには、人間とかかわらぬ超越の志向はなく、逆に、超越を志向せぬ人間とのかかわりも、ないのである。このかかわりのダイナミズムにおいて、ポリフォニーの数学的な秩序が、人間的な自由と結びついてくる。


【『J・S・バッハ』礒山雅〈いそやま・ただし〉(講談社現代新書、1990年)】


 相対的な視点から物事を二重に深める思索が凄い。いや、本当に凄いよ。


J・S・バッハ (講談社現代新書)