古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

虚勢の権化

 アンドレ・ルイは、相手を、ばかばかしい男だと思った。えらそうにするのは、値打ちのないことや弱さをかくすためだ、ということを彼は知っていた。そして、いまここに虚勢の権化を見た。それは尊大な頭のそらし方にも、しかめた眉にも、とどろきわたる声の抑揚にも読みとることができた。従僕の目に英雄と映るのはむずかしいが──従僕は堂々たる全体をなしている部分部分が、ときどきバラバラになるのを見ているからだ──別な意味で同じ現象を見ている人間研究家の目に英雄に見えるのは、もっとむずかしいことだった。


【『スカラムーシュラファエル・サバチニ/大久保康雄訳(創元推理文庫、1971年)】