「私のことは神が救ってくださるはずだから」

「あるところに男の人がいました」
「男の人?」
「いいから聞いて。その人が自宅にいると、川が氾濫(はんらん)して、ものすごい洪水が起きました。水が1階の床上まで達したところで、ボートが救助に来ました。でも男の人はこう言いました。“ほかの人を助けてやってくれ、私のことは神が救ってくださるはずだから”。そして2階に駆け上がりました。でも水は2階まで上がってきました。またボートが救助に来ましたが、男の人は言いました。“ほかの人を助けてやってくれ。私のことは神が救ってくださるはずだから”。水位は上がる一方で、男の人はついに屋根の上に避難しました。するとヘリコプターが救助にやってきました。でも男の人はこう言いました。“ほかの人を助けてやってくれ。私のことは神が救ってくださるはずだから”。ヘリコプターは去っていきました」
 鎮痛剤のせいで呂律の怪しいリンダがさえぎった。
「いったい何の話なの?」
 サマンサは無視して先を続けた。「やがて男の人は川の水にさらわれ、溺れて死にました。次に気づくとそこは天国で、神がいました。男の人は神に尋ねました。“神よ、なぜ救ってくださらなかったのです?”すると神は首を振って言いました。“おかしいな、どうしてきみがここにいるのかわからない。ボートを2隻とヘリコプターを送ったのに”」
 ダンスは思わず笑った。リンダは落ち着いて瞬きをした。きっと笑いたいのだが、必死でこらえているのだろうとダンスは思った。


【『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー池田真紀子訳(文藝春秋、2008年/文春文庫、2011年)】


スリーピング・ドール〈上〉 (文春文庫) スリーピング・ドール〈下〉 (文春文庫)