時代劇のヒーローは権力者/『ものぐさ社会論 岸田秀対談集』岸田秀


 時代劇を好むのは年寄りである。ってこたあ、「安心できる倫理観」がそこにあるのだろう。

岸田●私はよく言うんですが、日本のテレビ番組の時代劇は水戸黄門とか、遠山金四郎とか、権力側の代表者が最後に出てきて事件を解決するという筋書きになっているのが多い。悪代官がいて悪いことをしている、そこに水戸黄門が出てきて解決する。村の人たちが怒って団結し、悪代官をやっつけたという時代劇がないんですね(笑)。だから国民の側に、全知全能の立派な為政者にすべてを任せれば、うまくやってくれるという期待があるんじゃないか。そういう虫のいい幼児的な期待を国民がもっていると、為政者の側としては非常に騙しやすいということになるんじゃないかと思うんですけれど。国民を騙す為政者が出現するというのは、そういう期待を捨てない国民の責任ですよ。


【『ものぐさ社会論 岸田秀対談集』岸田秀青土社、2002年)】


 ウーム、農耕民族の悪しきDNAは、やはり「誰かが何とかしてくれるのをひたすら待つ」という精神構造をつくっているようだ。依存心こそ日本民族の魂である。だが、現実社会には水戸黄門も遠山の金さんもいない。いないからこそ尚のこと、時代劇を観るようになるってわけだな。


 政治家は何もしてくれない。メディアは騒いでみせるだけ。上司も部下も役に立たない。家族も当てにならない。それでも待つ。「♪いつまでも、待ぁ〜つ〜わ」。


 日本社会は、底辺から湧き起こる力を欠いている。羊の群れは、いつだって飼い主を必要としているのだ。


ものぐさ社会論―岸田秀対談集 (岸田秀対談集)