文明とは病気である。しかもかなり伝染性の強い病気である。この病気には人類しか罹らないが、今のところ、いちばんの重病人はヨーロッパ人とアメリカ人で、それ以外では日本人である。しかし、昔はそうではなく、エジプト人やインド人や中国人がいちばんの重病人であった時代もあった。とは言っても、昔のこの病気はそれほど重症ではなく、伝染性もそれほど強くはなかった。ところが、近頃はますます猖獗をきわめ、加速度的に伝染性を強め、一部のいわゆる未開社会を除いて、ほぼ全人類を席巻せんとする勢いである。
文明は、人類が生物学的に畸型的な進化の方向にはまり込み、本来の自然的現実を見失ったことにはじまる。人類は、見失った自然的現実の代用品として人工的な疑似現実を築きあげた。この疑似現実が文明である。
【『続 ものぐさ精神分析』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(中公文庫、1982年/『二番煎じ ものぐさ精神分析』青土社、1978年と『出がらし ものぐさ精神分析』青土社、1980年で構成)】