竹内真の新訳。実にあっさりした文体となっている。功成り名を遂げたスタインベックがキャンピングカー(ロシナンテ号)でアメリカ再発見の旅に出る。愛犬のチャーリーを伴って。
文豪の手にかかると、何気ない日常の風景が生き生きと躍動するスケッチ画となる。
(※ケベック州から出稼ぎに来ている十数人の家族に、高級ブランデーを振る舞う)コニャックは実に実に美味かった。最初に乾杯の声を上げて口をつけた時から男たちの兄弟愛が膨らみ、ロシナンテ号をいっぱいに満たした。――もちろん姉妹愛も一緒である。
みんなお代わりを遠慮したが、私はそれでもすすめた。とっておくほどの量ではないからと3杯目も注いで回った。みんなで分けるにはちょっとずつしにしかならなかったが、おかげでロシナンテ号では人間の素晴らしさを味わうことができた。それは家じゅうを、いやこの場合はトラックじゅうを祝福する魔法だ。
9人の者たちは静けさの中で結びついた。手足が体の一部であるように、9人でありながら一体となったのだ。別々でありながら分かちがたく結びついていたのである。ロシナンテ号は喜びに包まれ、決してさめることはなかった。
これほどの一体感は長くは続かないものだし、長引かせるべきでもない。
家長が何か合図をし、客人たちはテーブル周りの窮屈な席からにじり出た。こんな場合にふさわしく、さよならの挨拶は短くて礼儀正しいものだった。
【『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック/竹内真訳(ポプラ社、2007年)】
擦れ違うような一瞬の出会いに情感が通う。祝杯を挙げるのに相応しい人達だ。節度が好ましい距離感を保ち、鮮やかな余韻を残す。人間の善き一面が照らし合う時、平和は出現するのだ。ロシナンテ号は確かに平和だった。
政治と宗教、民族と教育が戦火の原因であれば、そんなものは最初からない方がいいに決まっている。