諦める


「諦める」という言葉は、明らかにする、つまびらかにするとの意。自分の念慮を見極め、そこから離れることを目指したものであろう。いつの間にかギブアップの意味で使われている。断念も同様。環境や情況によって念が断たれるのか、あるいは自ら念を断つのかで180度異なる。明らかに諦めることが大事。

「あきらめる」という日本語のもとの意味は「明らめる」で「明瞭にする」→「正しく理解する、さとる」であり、「ギブアップ」することではありません。「諦」という漢字の字義は「要諦」の語からくみ取れます。「○○とはこういうものだ」と『正しく理解すること、またその理解の内容(=さとり)』(fontomanieさん)

 つまり「諦」の字義は“物事の本質を明らかにする” ≒ “さとる”、“さとり”です。(fontomanieさん)

 四諦とは「四つの聖なる真理」の意である。四つの真理とはそれぞれ、苦諦:苦という真理、集諦:苦の原因という真理、滅諦:苦の滅という真理、道諦:苦の滅を実現する道という真理。(Wikipedia