哲学者の西田幾多郎が、京都大学退職のおり、「回顧すれば、私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである」と語っています。
痺れるね〜。たまらん。人生を簡潔にスケッチする様が、ハードボイルドの領域に達している。極端なまでに削ぎ落とされた世界を想像せずにはいられない。圧倒的な余韻をはらんでいる。西田幾太郎が描く自伝は、膨大な「空白」で描かれている。我々は、その潔さに頭を垂れるのだ。