宗教的感化

 ジョセフは馬小児(ましょうじ/※下僕の名前)に祈祷を教えた。ジョセフは毎日朝早く起きて、諳記している聖書の文句を繰返し唱えた。それを聞いている間に、馬小児の気持は次第に平穏を取戻して来た。ジョセフの様子にはいささかも取乱したところがなく、常に快活であり、下僕に対しても丁寧であった。頸と手につながれた重い鎖を、かたわらから支えてやろうとしても、着物を着かえる時と身体の運動をする時の外はいつもことわった。
 ――私は罪深い罪人である。この罪はこの世において贖(あがな)わなければならない。
 こういってジョセフはひたすら、カトリックの戒律を守った。肉類は一箸も手をつけずにそのまま馬小児に与えた。獄中で暦もなく、日取りを間違えて精進潔斎の掟を破りはしないかと恐れたのである。独房の中は、もはや牢獄ではなくて神聖な宗教の道場であるかに見えた。
 スーヌ一族の財産没収の結果、奴碑として主人の所有物にすぎなかったこの下僕馬小児も、当然ジョセフから取上げて他の新しい主人に下賜された。彼は独房の勤務から解放され、2年余の監禁生活から自由な社会に送り出された。しかし彼は別にそれを幸福だとも感じなかった。かえってこの思いやりの深い主人から離れるのが辛かった。彼は早速西洋人の天主堂に駆けつけて洗礼を受け、看守の兵隊に頼んで、高塀の穴から主人の面影を伺うのを唯一の慰みとしていた。


【『雍正帝(ようせいてい) 中国の独裁君主』宮崎市定〈みやざき・いちさだ〉(岩波新書、1950年/中公文庫、1996年)】


雍正帝―中国の独裁君主 (中公文庫)