古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

孤独が与える安らぎ

 あのガイドが言っていたとおり、山登りには遅すぎる季節だった。しかしなぜか気にはならなかった。自分はひとりきりで、ふたたび山の上にいる。孤独がどんなに安らぎを与えるものか、わたしは忘れていた。脚に、肺に、昔の力がよみがえる。冷たい風が全身を打ちすえる。55歳のわたしは、いまにも歓声をあげそうだった。喧騒もストレスも、何百万もの人々のうごめきも消えた。光も、味気ない都会の匂いも消えた。あんなにも長い間、あんなものに耐えていた自分は、気が狂っていたにちがいない。


【『鳥 デュ・モーリア傑作選』ダフネ・デュ・モーリア/務台夏子〈むたい・なつこ〉訳(創元推理文庫、2000年)】


鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)