古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

ペンタゾシン中毒

 ペンタゾシンの中毒になる人は、意志の弱い人だ、強い精神力があれば、中毒にならない、と言う人があります。それは嘘です。ペンタゾシンの持つ甘い幸福感は、患者の精神力よりはるかに強力です。しかもそれは、どんな痛みでも消し去る、というところから始まるから、甘美(かんび)なのです。現在の医学では、手術のあとの痛みを和(やわ)らげるのに一番用いられているのがペンタゾシンです。それはそれで大変いいのです。問題は、それを何本、何十本と射ち続けているうちに、単なる鎮痛(ちんつう)作用ではなく、溶(と)けるような恍惚感が出現してくるということです。ここへ完全に入りこんでしまったら、もう抜(ぬ)け出すことは大変です。私の場合も、もしあと10本注射を受けていたら、中毒患者になっていたかも知れないのです。


【『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清(祥伝社ノンブック、1981年/〈新版〉祥伝社、2005年)】


飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ―若き医師が死の直前まで綴った愛の手記