古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

人間とは無縁な存在

 シャウキーは外目には人間と映るかも知れぬが、実際のところはもはや人間とは無縁のものなのだ。理知的だとか、精神異常だとか、病んでいるとか、奇人であるといったような、我々が知っている範疇(はんちゅう)の人間とは無縁なのだ。
 彼は新たな存在となって出てきて、かつそういう自身を体現しようとしているということができるだろう。彼はこれまで存在した人間にとっては、まったく新しい動機でもって生きるべくして出所してきた。彼は群れを成そうとも、存続しようとも、また進歩しようともしない。彼の生に対する動機は逃げること、逃げ失(う)せることだった。あたかも彼は人類すべてをジン(イスラム神話の、精霊、幽鬼、妖精)かあるいは悪魔としか見ておらず、それらの関心のすべては彼に襲いかかり、傷つけ、破滅させることでしかないと思っているかのようであった。
 人間どもは皆悪魔で、彼一人が人間であるか、さもなくば彼らは皆人間で彼一人だけが悪魔で、人間どもは皆で彼に敵対し、待ち伏せ、彼を滅ぼすまで止めようとしないのだ……


【「黒い警官」ユースフ・イドリース/奴田原睦明〈ぬたはら・のぶあき〉訳(『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20 中国・アジア・アフリカ』1991年、所収)】


中国・アジア・アフリカ/集英社ギャラリー「世界の文学」〈20〉