森達也インタビュー 9

映像との出会い


――森さんが映像に興味を持たれたのは、テレビですか、映画ですか?


森●映画ですね。


――おー。ちなみに、どのような作品からですか。


森●中学3年のときに、『イージーライダー』と、あと『いちご白書』って知ってます?


――はい。学生運動の。


森●新潟だったんですけど、この2本立てを見たんですよ。もう、カルチャーショックでしたね。それまでは、「サウンドオブミュージック」を学校で連れられて見に行くくらいで、初めて自分貯めた小遣い持って、友人数人と繁華街を歩いて見たのがこの2本。


――それはさぞかし強烈な体験でしたね。


森●ぶっ飛びましたねえ(笑)。「おれはこれからどうやって生きていこうか」と。あれが原体験ですねえ、映画を撮りたいと思ったのは。


――関係ないですけど、ぼくは『無法松の一生』で。


森●(大笑)、バンツマの?


――はい、中学生のときですね。いちばん強烈でしたね。バッと跳ね起きるバンツマの顔のアップが。


森●珍しいねえ(笑)。最近のテレビ業界に入ってくる人間は、やっぱりテレビに影響を受けた人が多いですよ。ぼくの世代はみんな映画なんですよ。映画やりたかったけどできなかったからテレビで、っていうのが多くて。だからテレビの人間の多くは映画にコンプレックスを持っている。でも、いまの25〜26歳の人たちには、そういうの、意外とないんですよ。


――映画へのコンプレックス、かあ。ということは、逆に若い世代には、そういうコンプレックスから自由にものをつくることができる、といういい点があるんでしょうねえ。


森●それはあるだろうなあ。呪縛がなくてね、「いやあ、おれ、最初からバラエティやりたかったんですよ」っていうヤツ、けっこういますからね。すげえなあ、って思いますよ。「ドキュメンタリーとかは?」「全然興味ないっす」(笑)って。そういう人はぼくの世代にはほとんどいなかったですねえ。映画へのコンプレックスとかで変に拗ねたかたちで表現するより、よっぽどいいですよ。ちょっとこわいな(笑)って思うけど。


――あと一つうかがいたかったんですけど。


森●はい。

映像と、活字と


――けっこう本出しておられるじゃないですか。これは、文章でもって表現したい、という欲求がもともとあるのか、映像の補完なのか。


森●これって難しい質問で、最初に出したのは『「A」撮影日誌』なんですが、これは明らかにぼくのなかでは、『A』は興行的にパッとしませんでしたから、少しでも本が話題になったら、映画の方にも目を向けてくれるのではないか。正直言って、これがいちばんの理由でしたね。
 そのあと何冊か本を出しましたが、映像をもう一回活字でやるということの整合性が、実は自分のなかでないんですよ。


――ほほう。そうなんですか。


森●ええ。本来は映像だけでいいはずだし、それを「あのシーンではこういうことがあった」って説明するのはイヤなんですよねえ。


――映像で表現しきれないと思われるわけだし。


森●そう。映像だけでインスパイアするつもりで作っているわけで。それを活字で説明するようになったらおわりじゃん(笑)っていうのがありますし。けれど、ただ、『A』も「放送禁止歌」も「スプーン」もビデオなどになる予定はありませんし、要するにみんな見れないんですよね。見たいというお便りをいただいたりもするし、こういうかたちで知っていただくという方法もあるな、と。あと、文章書くのは嫌いじゃないんで、おだてられて木に登ったところもありますよ(笑)。


――いい文章だと思います。


森●そういうふうにおだてられるんですよ(笑)。今まで出した本は、撮った作品のメイキングなんで、なるべくドキュメントをなぞらないように努めているんですけど。気持のなかでは、映像と活字との間に、まだ整理がついていないんですよね。


――読み手にとっては、読んで、ある場面の意味づけができることがありますし、逆に、書き手にとっては、書くことによって、自分が撮った映像の自分にとっての意味や価値を再発見する、というようなこともあるんじゃないですか?


森●そうなんです、いま竹山さんがおっしゃったように、書くことを通して自分のなかで「あ、そうか」って腑に落ちたりとか、気づいたことがいっぱいあるんですよ。また、読んでからあらためて見てこう思った、という意見を寄せてくれる人もいるんで、あんまりスクエアに考えすぎないでもいいのかなって思いもあるんだけど、ただ映像はその映像だけで存在すべきだという思いがありますね。


――矜持(きょうじ)ですか。


森●いや、矜持ではなく、映像をいじられたくないという拒絶感は、生理的なものですね。
 いろいろとマスメディアについて申し上げましたが、あれは毎日新聞だったかなあ、信者と住民との間にコミュニケーションがある、ということを、やっと一行だけ記事の最後に書けて喜んでいた記者がいた。それまで彼はずっと、書いてはデスクに削られるという状態が続いていたそうです。
 この記者は、本篇にも出てくる信者の友人です。
 住民は、「あ、あの記者、ほんとに書いたよ」と驚いていました。
 マスメディアのなかでも日々葛藤している人もいる。彼らの葛藤をすっぽり見落としてしまえば、それは先ほども申し上げたようなオウム「反対一辺倒」の人たちと同じ愚を犯すことになる。
 状況を好転させるために、ぼくは、まったく望みがないわけではないと思っています。


【2002-02-25 於「BOX東中野」オフィス】

取材後記


『「A」撮影日誌』の末尾に、次のような一文がある。

 これまで出会ってきたすべての信者たちが、情を求め、情に傷つき、情に脅えていた。この作品の中で僕が、唯一断言できることかもしれない。
 ならば僕はそれを撮る。情なら僕にもある。彼にもある。すべての人たちにある。大切なのは、「わかる」ことではなく、「共有する」ことなのだ。言葉や論理を紡ぐことではなく、僕らが天分として与えられた想像力を、互いに普通に機能させることなのだ。(191p)


【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


 一言で要約するとすれば、『A2』には、正義感でもなく、矛盾への強い感情でもなく、この「当たり前の視点」が溢れている。


 施設内で“無言の行”の修行中にひそひそ話をしている女子中学生信者を見つけた森が、「無言の行の途中ですよね」とたずねると、彼女たちはクスクス笑っている。学校をサボるのと同じように、修行をサボッテいるのだ。


 彼女たちが修行で使っている数珠には、たとえばキティちゃんのストラップが付けてあって、座るときに敷くタオルにも、たしかキティちゃんの図柄が描かれていた。カメラを構えた森は、女性幹部に「これって“執着”(物事への執着、教義上よくないこと)じゃないんですか?」とたずねる。その幹部も苦笑いを浮かべている。


 思いっきり、「フツー」である。


 そして、“フツー”の生活空間の外には、「オウム出て行け」の幟が立てられている。


 笑いながら、明らかに、何かがオカシイ、と感じる。


 一つの映像が微笑ましくも見え、異常にも映る。この両義性によって波状攻撃を受けた観客は、「常識」を揺さぶられる。


 特に、一人の人間が持つ両義性が露見されたとき、森の作品に「救い」を感じることがある。たとえば、反対運動をしているオッサンが「いやー、やっぱまずいよ」と照れながら、オウム信者と写真を撮る風景。断罪でもなく、阿りでもなく、「いまおれはグレーゾーンを捉えている」という充実感・緊張感を、ぼくは共有する。そうした“共有感”が、ある時に、ある場所で、ある人にとって、「生きる力」に変容するだろう。


 人間の葛藤を「劇的に描き出す」ために、映像表現は最も効果的な表現手段になる。また、葛藤を感じる人間の「心を殺す」ためにも、映像表現は最も効果的な表現手段だろう。映像そのものが本来的に有しているこの両義性の狭間に、森達也は佇んでいる。


【「Publicity」より転載】


森達也インタビュー 1
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