古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

森達也インタビュー 4

『A』の先に何が見えるか

 オウムをドキュメントで捉えるという構想は以前からあった。麻原を護送するワゴンカーのテレビ映像を眺めながら、どうしようもないほどに茫漠とした疑問符とし切実な欠落感を感じつつ、僕はこの扁平な映像の洪水を、他の視座から立体的にドキュメンタリーとして構築することを同時に夢想していた。(14p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


――社会が悪くなっている、ということばの内実が、『A』で描かれていると思うんですが、平板な二元論がますます横行しているように見えます。こうした社会の急激な変容の転換点が、オウムのサリン事件だった、と。


森●そうですね、引き金が引かれた、という感じかな。自分の内面の欠落を、他者への憎悪で充填(じゅうてん)しようとする傾向が非常に強まった。


――優れた芸術や表現は、凝り固まったイメージを、ユーモアや斬新な視点で揺さぶったり解体する力がある。『A』『A2』にも、ぼくはそのような力を感じるわけですが、これから先をどうするのか、という問題が見る側に残ります。それは観客自身の問題だけど、表現者として、これから先、どのような作品をつくるつもりですか?


森●具体的なものはぼくのなかにはないですね。こういう現状だよ、というものは提示しているけれども、そこから先は、わからない。環境なり、土壌なりが変化したら、きっとみんなも考え始めるかもしれないし、違う方向が見えてくるかも知れない。


――いまは、下山事件についてと、ベトナムの最後の王様の話を、つくっておられるんですね。


森●はい。


――『A2』の続編は、もうないのですか。


森●『A2』を撮ったときに、『A3』用に撮ってある分がいっぱいあるんですよ。


――おお、なんと!


森●当然、今ある分だけじゃ足りないんで、あと少し撮影もしないといけないんですけど。『A2』の終わり方も、あれは「A3」を意識してああいうエンディングにしてあるんですよ。


――ははあ、そうだったんですか。


森●ただ、映画って、いったん終わっちゃうとけっこう気が抜けちゃうところがあって、もう一回『A3』をつくるテンションに自分をあげていく、っていうのはそう簡単なことじゃなくて、あと1〜2年でできれば、と思っています。


――じゃあ、続編の可能性は大いにあるんですね。ぼくはもう続編はないんだろうな、と思っていたんで、非常にうれしいです。


森●ええ、たぶん、『A』が終わって『A2』はない、って言っていたときよりは、いま、『A3』がある可能性は高いですよ。ぼくのなかでは、『2』と『3』はカップリングだったんで。


――(竹山、ニコニコしている)


森●最初ぼくが、プロデューサーの安岡に、『2』をやるんだったら、『3』も一緒につくろう、とか無茶苦茶言ってたんですよ(笑)。でも『2』の編集終盤に「やっぱり無理だ」と僕があっさり翻意した(笑)。
 安岡はいろいろ連絡して奔走してくれていて、内心ムッとしてましたけどね(笑)。


――じゃあ『A3』をつくる可能性はある、と小誌で紹介してもいいですか?


森●ええ、いいですよ。


――(^^)


――ところで、『「A」撮影日誌』を読むと、『A』は、プロデューサーの安岡さんがいなければ、いまのようなかたちに完成させることはできなかったんですね。

「僕も一時は森さんと同じようにテレビの世界に身を置いていました。この一年余り、ずっとテレビを眺めながら、暗澹たる思いでいっぱいだったんですよ。
 かつてテレビをやってて、そして今は若い作家を育てる立場として、自分は今のメディアの末期的な事態をこのまま傍観していていいのかという思いがずっと漠然とありました。どこかにいないのかと考えていた。どこかにそんな男がいないのかとずっと考えていた。
 小人プロレスのテレビドキュメントは僕も観ました。面白い男がテレビにもいるんだな、と思った。小島からその人が今、オウムを自主制作でたった一人でやっていると聞いた。そして昨日この映像を見せられた。余計なことは言いません。こんな映像を見せられて黙殺なんかできるわけがない。これから自分がとるべき行動は一つしかない」
 こうしてこの瞬間、この作品にプロデューサーが誕生した。(109p)


【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


森●ええ、そうですね。つくっていたとしても、自主制作で、小さな公民館で上映会をして友人を呼んで終わりでしょうね。安岡がいうには、20年前にぼくに会ってるって言うんだけどねえ。


――自主映画とかで?


森●ええ、黒沢清さんや石井聡互さんといっしょに自主映画をやってるときに、安岡も早稲田大学で自主映画をやってて、そのときに接点があったって言うんだけど、ぼくは記憶ない。けど、「あの“たれ目”は森だった」って(笑)。


【「Publicity」より転載】


森達也インタビュー 5