森達也インタビュー 5

 ドキュメンタリーの仕事は、客観的な真実を事象から切り取ることではなく、主観的な真実を事象から抽出することだ。(中略)
 カメラが日常に介在するということは、対象に干渉することを意味する。微粒子は観測する行為そのもので大きな影響を受け、粒子としての本来の姿を決して現さないとする量子力学の基本原理と同じだ。自然なドキュメンタリーなど存在しない。撮る行為によって撮られる行為は、時には触発されるし、時には規定される。そしてまた撮られる側の反応が、撮る行為に大きな影響を与える。
 その意味では撮影における客観性など存在しない。その状況で、自分が如何に自分の主観的な真実を信じることができるかどうかが問われなくてはならないのだ。もちろん自分と対象との相関的な座標を正確に表出することは必要だ。しかしその位置さえ明確に呈示すれば、後は観る側が判断するだけのことなのだ。バランスをとるのは表現する側ではない。観る側だ。(83p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】

キツかったこと


――『A』と『A2』を撮っておられたときに、「これはキツかったなあ」という思い出はありますか。


森●まずやっぱり『A』の撮り始めのころですね。職場を追われて、3人目の子どもが生まれて、収入が切れる。家族も巻き込んでますんで、これからいったいどうなるんだろう、と。あのころは、もうテレビに復帰することはないと思っていましたし、とにかくこの一本をかたちにしてから、実家に戻って、継げる仕事もないけれど、何か仕事をして過ごそう、とまで思っていました。あれがいちばん辛い時期でした。
 本に書きましたけど、撮ったテープ持ってほんといろんなところを渡り歩いて、断られるだけでなく、塩まかれるような扱いを受けたところもありましたしねえ。「そんなに価値のないことをおれはやってるんだろうか」って自問自答しましたね。安岡に出会えてから、そういう困難はずいぶん軽減されましたね。
『A2』だと、辛い、というよりも、“毒気にあてられた”ような感じになったのは、横浜の集会に右翼が怒鳴り込んできたシーン。


――はい、夜のシーンですね。


森●あのシーンは映画本編ではあんまり使っていないんですけど、(オウム反対運動をしている)住民がすごかったんですよ。「死ねー!」「やっつけろー!」って。寿町が近くで、労働者も集まってきて、正月だから酒は入っているし。いろいろな感情が剥き出しなんです。半日いたんですけど、憎悪のなかに漬かっていて、深夜になるころには、つくづくげっそりした。

テレビ界のフリー事情

 視聴率という大衆の剥き出しの嗜好に追随する現実を、公共性というレトリックに置換するために、「客観的な公正さ」という幻想を常に求められ、また同時にそれを自らの存在価値として、テレビは勘違いを続けてきた。僕も今まで勘違いを続けてきた。(84p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


――森さんは、はじめからフリーだったんですか?


森●ぼくは29歳でテレビの仕事を始めるんですが、最初はテレコムジャパンという制作会社――もうつぶれましたけど――に3年くらい働いて、辞めてたんです、小人プロレスの件で。
 テレビ業界にもけっこうフリーの人は多くて、バブルのときには番組の予算も多くて、フリーで年間1000万くらい稼いでいた人もいましたよ。


――エー、すごいですねえ。


森●しばらくフリーでやってて、バブルがはじけて、サリン事件が起こった。フリーのままじゃ食えないということで、共同テレビジョンというところと契約して、その前に荒木さんとは接触していたんで、共同テレビジョンと共同製作ということで『A』の制作を始めたら、本で書いたようなことになって。それからはまたフリーですね。


――ぼくは行きがかり上、出版業界で働くフリーランスの方々といろいろお話をする機会があって、竹中労の『ルポライター事始』で描かれている、大企業に使い捨てられるフリーの辛さを実地に見聞するようなこともあったんですけど、フリーの辛さ、という構図は、テレビの世界でも同様の構図なんでしょうか。


森●うーん、基本的には同じだと思いますよ。バブル以前は、フリーは大手を振って歩けてましたけど、バブル以降は、番組の予算枠はどんどん減ってるし。


――ははあ。今も減少中ですか。


森●年々減少中ですね。局自体は収益あげてるんだけど、広告収入が減ってることもあるんでしょうけど。だって一昔前のゴールデンタイムなんて、タレントがシベリアに行くとかニュージーランドに行くとか、いくらでもあんな番組があったじゃないですか。


――ビートたけしの、クイズで間違えるとやたらボーン! と爆発する番組がたしかありましたねえ(笑)。


森●(笑)、あったねえ、今じゃあんな番組とてもつくれないよね。ぼくの昔の仲間でフリーだった連中は、どっかと契約したとか、多いですよ。

 今のメディアにもし責められるべき点があるのだとしたら、視聴率や購買部数が体現する営利追求組織としての思惑と、社会の公器であるという曖昧で表層的な公共性の双方におもねって、取材者一人ひとりが自分が感知した事実を、安易に削除したり歪曲する作業に埋没していることに、すっかり鈍感に、無自覚になってしまっていることだと思う。
 一人ひとりが異なるはずの感性を携えているのに、最終的な表現が常に横並びになってしまうのは、そんな内外のバイアスに、マニュアルどおりの同じ反応しかしないからだ。(162p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


【「Publicity」より転載】


森達也インタビュー 6