森達也インタビュー 6

個人情報保護法案を巡る感情


――ようやく個人情報保護法案なんですけど(笑)。


森●あれも一口で言うのは難しいんですけど、やっぱり、(法律で)しばられるよりも、しばられないほうがいいですよね、間違いなく。ただ、ぼくは、たぶんマスメディアは縛られた方がいいんじゃないかと思っているんですよ。


――ははあ。


森●あのー、要するにコップ一杯の水をバケツに入れてもあふれないですよね。去年の日比谷の集会でも言いましたけど、いまのマスメディアはコップ一杯の中でしかやってないですから、今さらバケツ(規制)の中に入れられたからって、べつに関係ないじゃないか、って。
 逆にバケツというかたちできっちりした枠組みを与えてもらったほうが、もしかしたら「自分たちはこういう枠の中にいたのか」って自覚が生まれるかも知れないし。そこから違う展開が出てくるかも知れない。少なくともいまのマスメディアはそんな程度のもんだという認識です。
 やっぱり個人情報保護法の場合、フリーランスや小さな出版社が規制されてしまう問題があって――まさにそこが目的なんだろうけど――、マスはいくらでもやられちゃえ(笑)って思いはあるんだけど、ぼくも含めてバイアスをかけられちゃうのは辛いし、そういう意味ではできることなら回避したいけど、法案は成立しちゃうでしょ。
個人情報保護法案で)思いっきりやられて、「自分で考える」ことを始めるんじゃないかなあ。


――テレビ業界の人って、個人情報保護法案についてご存じなんですかねえ。


森●ほとんど知らないよ(笑)。あのね、ぼくはテレビ業界の知人と飲んだりしたときにいつも思うんだけど、彼らは収入が多すぎるんですよ(笑)。で、そのバーターとして、時間がない。見ていて気の毒なくらいに。映画を見に行く時間もないし、本を読む時間もない。そのかわり30ちょっとで1500万の年収もらってるんですよ。


――そりゃあすげぇや。 ̄。 ̄)


森●だからぼくは彼らと会うたびに「お前ら年収減らしてもらって、もっと時間つくれば?」って。下請けからの契約社員ばかり使うんじゃなくて、局員をもっと増やして、自分の時間を増やさないと。新聞も読まない、本も読まない、映画も見ないじゃあ、いいものつくれないよ、って言うんだけどねえ。すると「今さら生活下げれないし」って言うんだよね。


――ああ、下げられないものだそうですねえ(笑)。


森●そりゃあ800万を300万に下げるってのはつらいけど、1500万を1000万に下げても、ふつうの人からすればすごく優雅な生活なわけで(笑)。いま日本でいちばんもらってるのはテレビ局ですからねえ。質のいい仕事をするためにこそ、時間をつくらないといけないと思います。

 視聴率や購買部数とうい大衆の剥き出しの嗜好に、常に曝され切磋琢磨を余儀なくされてきたメディアの姿は、ある意味では僕が抉りたかった「日本人のメンタリティ」そのものなのだ。
 その意味ではメディアは決して軽薄でも不真面目でもない。たまたま志の低い人種がメディアに集まったわけでもない。メディアは僕たち社会の剥き出しの欲望や衝動に、余計なことはあまり考えずに忠実に従属しているだけだ。自らの空白に「グル」ではなく「組織」の大いなる意志を充填させて、自分の言葉で思考することを放棄して、他者への情感と営為への想像力をとりあえず停止させただけなのだ。
 地下鉄の車両でビニール袋に傘の先を突き立てる行為も、被害者である河野義行さんを何のウラも取らず犯人と断定する行為も、エイズ感染の危険性を熟知しながら血友病治療の非加熱血液製剤の輸入を黙認していた行為も、不当逮捕の瞬間を撮影されていることを知りながら逮捕した信者を釈放しようとしない行為も、すべては同じ位相なのだ。(186p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】

テレビ・ドキュメンタリーの価値


森●ぼくは山形ドキュメンタリー映画祭はもう4〜5回行ってるんだけど、テレビの人間にほとんど会わないですよ。


――エー、意外ですねえ。


森●活字の人間にはよく会うんですが、テレビでドキュメンタリー撮ってますって連中に会ったことないです。あそこでは、年に一回、世界中のドキュメンタリーを選び、一挙に上映するんですよ。ドキュメンタリーを仕事にしてる人は、みんな来るべきでしょう。テレビの意識の低さ、っていうのは、志が低い人間が集まっている、ということだけじゃなくて、テレビ業界自体がそういう考えられない構造になっちゃっているのだと思います。それもわかるんですけどねえ。


――山形ドキュメンタリー映画祭で『A2』は「市民賞」に輝いたんですね。


森●ええ、専門家が選ぶのではなく、見に来た市民が選んでくれた賞ですよね。いちばん嬉しいですね。上映後の劇場のロビーでも、仕事終わって見に来たっていうおじちゃんおばちゃんがいるんですよ。「見る前は洗脳されるんじゃないかと思ってたけど、見てよかったっぺ」って(笑)。ああ、つくってよかったなあ、って思いましたねえ。


――“素”で見に来て、喜んでくれるのがうれしいですね。


森●そうですね、そういう“声”が、つくるための“糧”ですね。

「瞑想や教学などの修行にもっと打ち込みたいとは本音では思います。でも、今の状況ではそれは許されないですから」
 言い終えて下を向く彼に、中途半端はあなただけじゃない、と言いたくなる。宗教の門を叩きながら宗教活動ができない被撮影者を前にして、メディアの世界にいながらメディアから拒絶されかけている撮影者は、言葉を失いながらも、カメラを回し続ける。(89p)


【「Publicity」より転載】


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