『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ/西永良成、渡名喜庸哲訳(岩波書店、2010年)



「私たちの世界」がキリスト教になったとき――コンスタンティヌスという男

 ヨーロッパ世界の根は、キリスト教にはない。ローマ史の碩学が、コンスタンティヌスによる国教化という「起源」の物語を書き直す。一人の男の信仰と資質が、キリスト教という比類ない文化装置を起動した。歴史を輪切りにし、人間が生き死にするリアルな偶然の過程を叙述する。必然の神話を解体する「歴史の方法」試論。

すべての犯罪を立証する司法システムは永遠に存在しない

 実際に、ゲーデルの方法は、真犯人だとわかっていながら、いかなる司法システムSも立証できない犯罪Gを生み出したイメージに近い。司法システムは、当然その犯罪方法に対処する新たな法を組み込むだろうが、その新システムでは立証できない新たな犯罪を構成できる。これをいくら繰り返して新たな司法システムを作っても、ゲーデルの方法を用いて、そのシステム内部でとらえきれない犯罪を構成できる。したがって、すべての犯罪を立証する司法システムは、永遠に存在しないというイメージである。


【『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、1999年)】


ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論 (講談社現代新書)

もし行、道に合わず、挙、義に合わずして、而も大に処り貴に居らば、患必ず之に及ばん

 呉子曰く、「夫(そ)れ道とは本(もと)に反(かえ)り始に復(かえ)る所以(ゆえん)なり、義とは事を行い功を立つる所以なり、謀とは害を違(さ)り利に就(つ)く所以なり、要とは業を保ち成を守る所以なり。
 もし行(おこない)、道に合わず、挙(きょ)、義に合わずして、而(しか)も大(だい)に処(お)り貴に居らば、患(うれい)必ず之に及ばん。
 是を以て聖人は、之を綏(やす)んずるに道を以てし、これを理(おさ)むるに義を以てし、これを動かすに礼を以てし、これを撫(ぶ)するに仁を以てす。この四徳は、之を修むれば則(すなわ)ち興(おこ)り、これを廃すればすなわち衰う。
 故に、成湯(せいとう)、桀(けつ)を討ちて、夏の民、喜説(きえつ)し、周武(しゅうぶ)、紂(ちゅう)を伐(う)ちて、殷人(いんひと)非(そし)らず。挙、天人に順(したが)う。故に能(よ)く然(しか)り。


 呉子はいわれた。
「道とは、根本原理に立ちかえり、始まりの純粋さを守るためのものである。
 義とは、事業を行い、功績をあげるためのものである。
 はかりごとは、わざわいを避け、利益を得るためのものである。
 権力の要とは、国を保持し、君主の座を守るためのものである。
 もしも行いが、道にそむき、義に合わないのに、高位、高官の地位にぬくぬくとしておれば、かならずその身に災いがおそいかかってくるであろう。
 そこで聖人は人民を道によって安堵(あんど)させ、義によって治め、礼によって動かし、仁をもっていつくしんできた。道、義、礼、仁の四つの徳を守ってゆけば、国は盛んになり、それを実行しなければ国家は衰亡する。
 だからこそ殷(いん)の湯王(とうおう)が夏の桀(けつ)を討ったときには、夏の人民は喜び、周の武王が殷の紂(ちゅう)をほろぼしたときは、殷の人々は、非難しようとしなかったのだ。湯王や武王はいずれも四つの徳を守り、天の理法と人民の意向にかなっていたからである」


【『呉子尾崎秀樹〈おざき・ほつき〉訳(教育社、1987年/中公文庫、2005年)】


呉子 (中公文庫BIBLIO)

ハインリヒ・ハイネが生まれた日


 今日はハインリヒ・ハイネが生まれた日(1797年)。ドイツの詩人。デュッセルドルフユダヤ人の家庭に生まれる。当初は商人、ついで法律家を目指したがベルリン大学ヘーゲルの教えを受け、作家として出発。若き日のマルクスとも親交があった。日本では森鴎外が翻訳した。


ハイネ詩集 (新潮文庫) 流刑の神々・精霊物語 (岩波文庫 赤 418-6) 神とたたかう者―ハインリヒ・ハイネにおけるユダヤ的なものをめぐって