古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

S・J・ローザン


 1冊読了。


 29冊目『ピアノ・ソナタ』S・J・ローザン/直良和美〈なおら・かずみ〉訳(創元推理文庫、1998年)/シェイマス賞なんてのがあったんだね。さほど期待はしていなかった。表紙がどことなく『A型の女』(マイクル・Z・リューイン)を思わせた。物語は淡々と進む。舞台がアメリカだとは思えないほど静かに。私はイギリスのように思えてならなかった。主人公のビルがどうしてもヤンキーに見えない。謎解きはあるのだが、プロットを支えているのは魅力的な登場人物だ。キャラクター作りは似ていないものの、筋運びが藤原伊織を彷彿とさせる。アイダの人物造形が秀逸。ピアノ演奏の描写も素晴らしい。中高年向けミステリと言っておこう。

世界の金融システムは実質的に崩壊した=ソロス氏

 著名投資家のジョージ・ソロス氏は20日、世界の金融システムは実質的に崩壊した、とし、危機が短期間で解決する可能性は見えていない、と述べた。
 ソロス氏は米コロンビア大学で、動揺は大恐慌時よりも大きい、との見方を示し、現状をソビエト連邦の崩壊に例えた。
 同氏は、2008年9月の米リーマン・ブラザーズの経営破たんが市場システム機能の転換点だった、と述べた。
 ソロス氏は「われわれは金融システムの崩壊を目撃した」とし、「金融システムは生命維持装置につながれた。今もまだ同じ状態にあり、景気の底入れが近いとの兆しはみえていない」と述べた。
 オバマ米政権の経済再生諮問会議議長を務めるボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長もこの日、世界の鉱工業生産は米国よりも速いペースで減少している、と述べている。
 ボルカー氏は「大恐慌も含め、いかなる時代においても、全世界で景気がこれほど急速に悪化するのを見たことがない」と述べた。


【ロイター 2009-02-23】



ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ

「同じ列車に乗ることはない」SION


 YouTubeで偶然見つけた歌手。福山雅治が熱烈なファンだってさ。度肝を抜く声は、まるでトム・ウェイツ浪曲を唸っているような印象。曲調がどことなくソ連ウラジミール・ヴィソツキーに似ている。妙に後を引く不思議な声だ。




住人~Jyunin~

『歓喜の街カルカッタ』ドミニク・ラピエール/長谷泰訳(河出書房新社、1987年)



歓喜の街カルカッタ(上) 歓喜の町カルカッタ(下)

パリは燃えているか?』の著者が、マザー・テレサの国インドで体験した、愛とヒロイズムの大型ノンフィクション。


 この街には、西欧の豊かな町のどこよりも、ヒロイズム、思いやり、そして喜びと幸福があった。

ガンディーはカースト制度の信奉者であった/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール

 歴史は粉飾される。目一杯化粧を施し、ロンドンブーツを履き、更に竹馬に乗ることも珍しくない。嘘と欺瞞と修正主義がセットメニューになっている。歴史とは権力者の都合次第で書き換えられる物語だ。

 ガンディー、アンベードカルは全く異った形で不可触民解放に向って進んだ。
 ガンディーはカースト制の信奉者であった! 彼の狙いとするところは、カースト制はそのままにし、不可触民制だけを廃止して不可触民を第5位カースト民の地位に引き上げようというものであった。ヒューマニストとして彼はこれら抑圧された人びとに心から同情し、カーストヒンズーたちの手によってひどい目に遭わされていることに心を痛めたのである。だから彼は、彼の運動の支持者であり後援者であるオーソドックス・ヒンズーの資本家たちを刺激しないよう常に非常に注意深かったのである。彼は幾百万のこれらの無知な、訴える術も知らぬ無辜の民が回教やキリスト教に無理矢理改宗させられていることに反対して指一本上げようとはしなかった。ガンディーのやり方は改良主義的であり、アンベードカルのように、この社会を根本から建て直す革命を目指すというより、傾きかけた古い家を改築しようというものであった。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール山際素男訳(三一書房、1983年)】


 目的が方法を決定する。ガンディーとアンベードカルは目指す目的地が違っていた。ガンディーはインド独立を目指した。そして、カースト制度という牢獄内で不可触民のために屋根を設けようとした。ただし、牢獄の壁を壊すことは許さなかった。ここにアンベードカルが対決せざるを得ない原因があった。


 商社の顧問弁護士として赴任した南アフリカで、ガンディーは屈辱的な差別を受けた。一等車に乗っていたところ、インド人(有色人種)であることを理由に、車掌の手で列車から突き落とされたのだ(※「イーチ大塚の感動スイッチ」による)。


 ということは、だ。ガンディーが南アフリカで体験した人種差別というのは「インド人差別」であって、肌の色や国家の違いによる差別であった。後年、ガンディーがカースト制度を死守しようとしたことを踏まえると、「同じ人間ではないか」という感受性は生まれなかったのだろう。ガンディーの矛盾は、差別のダブルスタンダードを自覚できなかったところにある。