ガンディーはカースト制度の信奉者であった/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


 歴史は粉飾される。目一杯化粧を施し、ロンドンブーツを履き、更に竹馬に乗ることも珍しくない。嘘と欺瞞と修正主義がセットメニューになっている。歴史とは権力者の都合次第で書き換えられる物語だ。

 ガンディー、アンベードカルは全く異った形で不可触民解放に向って進んだ。
 ガンディーはカースト制の信奉者であった! 彼の狙いとするところは、カースト制はそのままにし、不可触民制だけを廃止して不可触民を第5位カースト民の地位に引き上げようというものであった。ヒューマニストとして彼はこれら抑圧された人びとに心から同情し、カーストヒンズーたちの手によってひどい目に遭わされていることに心を痛めたのである。だから彼は、彼の運動の支持者であり後援者であるオーソドックス・ヒンズーの資本家たちを刺激しないよう常に非常に注意深かったのである。彼は幾百万のこれらの無知な、訴える術も知らぬ無辜の民が回教やキリスト教に無理矢理改宗させられていることに反対して指一本上げようとはしなかった。ガンディーのやり方は改良主義的であり、アンベードカルのように、この社会を根本から建て直す革命を目指すというより、傾きかけた古い家を改築しようというものであった。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール山際素男訳(三一書房、1983年)】


 目的が方法を決定する。ガンディーとアンベードカルは目指す目的地が違っていた。ガンディーはインド独立を目指した。そして、カースト制度という牢獄内で不可触民のために屋根を設けようとした。ただし、牢獄の壁を壊すことは許さなかった。ここにアンベードカルが対決せざるを得ない原因があった。


 商社の顧問弁護士として赴任した南アフリカで、ガンディーは屈辱的な差別を受けた。一等車に乗っていたところ、インド人(有色人種)であることを理由に、車掌の手で列車から突き落とされたのだ(※「イーチ大塚の感動スイッチ」による)。


 ということは、だ。ガンディーが南アフリカで体験した人種差別というのは「インド人差別」であって、肌の色や国家の違いによる差別であった。後年、ガンディーがカースト制度を死守しようとしたことを踏まえると、「同じ人間ではないか」という感受性は生まれなかったのだろう。ガンディーの矛盾は、差別のダブルスタンダードを自覚できなかったところにある。


アンベードカルの生涯 (光文社新書)