一読者からクリシュナムルティの料理人となった青年/『キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ』マイケル・クローネン

 マイケル・クローネンはドイツで生まれ育ち、高校卒業と同時にアメリカに移り住んだ。そして、23歳でクリシュナムルティと遭遇する――

 1966年、カリフォルニアのサンディエゴでのある運命的な朝、私はJ・クリシュナムルティという人物や、『沈黙せる心』という彼の哲学について書かれた一冊の本に出くわした。気をひかれて、私はそれを読み、そして、彼の哲学の解釈よりはむしろ逐語的な引用句に魅了された。彼の言葉は私の心中の深い耐久性に富む絃を打った。直き(ママ)に私は彼によって書かれた数冊の本を見つけ出し、そしてたちどころに、ここにこそ私が今まで聞いたこともない理性と、人間の状態への深い洞察の声があるのを悟った。信念の体系、方策、解釈を一切提供することなく、彼は宗教的、国家的組織の破滅性を呈示しながら、人間の世界的様相を明確かつ単純な言語で正確に描写していた。どの人も心理は自分ひとりで自分のために見出すものであることを強調し、彼自身のも含めて、どのような形式の精神的、宗教的権威をも否定していた。
 新しく全的な眺望を提供するかたわら、私がぼんやりと感じ、不思議がっていたことを明確な言葉で表していた。彼の著作に出会ったことは貴重な宝石の発見にも似ていて、私は彼の言に完全に感電させられ、この人物のすべてを見つけ出そうと決意し、もしまだ彼が存在しているなら、是非探し出して会ってみたいと強く思った。


【『キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ』マイケル・クローネン/高橋重敏訳(コスモス・ライブラリー、1999年)以下同】


 本書はクリシュナムルティの評伝であると同時に、一読者から世界中を飛び回る追っ掛けとなり、遂には料理人として側近で働くまでに至った無名の青年の成長譚でもある。文章が繊細で奥床しく、クリシュナムルティの思想が確かに息づいている。何にも増して、素のクリシュナムルティが描かれており、著作からは窺い知れない「振る舞い」が多数記されている。


 マイケル・クローネンが受けた衝撃は、私が受けたものと殆ど一緒だ。思わず、ハンドルをマイケルに変えようかと思ったほどだ――小野舞蹴(笑)。


 著者が熱烈なファンだったために、浮き立つ心情が綴られている場面も多いが、詩的な表現によって抑制されている。予備知識があればこそ思い込みが強化され、出会いの場面で圧倒されることは十分考えられる。だが、こうしたことは長く続くものではない。まして料理人として日常で接するようになると、そりゃ色んな場面にも出くわすことだろう。ところが、著者が寄せるクリシュナムルティへの思いは強くなる一方だった。彼(か)の人物が本物である証拠だ。


 クローネンは、クリシュナムルティが生存していることを確認するや否や、直ちに講話が行われる予定のインドへ飛ぶ。居ても立ってもいられない様子が微笑ましい。そして、この行動力こそが青春の持つエネルギーなのだ。


 クリシュナムルティは静かに入ってきた――

 彼は急いで話し始めようとはしていないように見えた。むしろ聴き手の顔を一人ずつ充分に時間をとりながら眺めていた。私と眼が合ったとき、私はエネルギーの流れが私と彼との間で突然点火されたようなショックを覚えた。私は50名中の一人にすぎず、外側の端に坐っていたのだが、短い視線の接触は並々ならぬ直接的な衝撃だった。
 部屋の中の静寂はますます深まって、時計の時間では1〜2分も続かなかったのだが、まるで触知できるほどだった。圧迫感はなかった。私はむしろその中で静かに私自身に気づき、私の身体とその動きに気づき、私のまわりの人たち、外の街路のざわめき、そして私の絶え間ない思考の動きに気づきながら、心地よい静寂を味わっていた。しかし、そのどれよりも私は、私たちを熱心に眺めながら、ユーモア感にあふれて、片隅に坐った人物に気づいていた。私は少年のような彼の身体が何と小柄でデリケートなのか、そして彼の存在の微妙な力が、黙ったままなのにどれほど部屋一杯に染み渡っているのかに驚くばかりだった。
 やっと彼は沈黙を破ってこう尋ねた。
「今朝はどんな話をしようかな」


 これだよ。どうだい、わかる? 多分私は普通の人よりは演説する機会が多かった。1000人くらいを前にして話したことも珍しくはない。だからこそわかるのだが、普通なら肩をそびやかして虚勢を張り、睨(ね)め付けるように場内を一瞥(いちべつ)し、威勢よく話すところだ。


 たとえ数十人の集いであったとしても、一人ひとりに目を配り、参加者を隈(くま)なく見渡すことなど、まず不可能である。そして、その静かな沈黙が支配するわずかな時間に、濃密なコミュニケーションが図られているのだ。しかも言葉を介さずして!


 で、「今朝はどんな話をしようかな」と来たもんだよ。もうね、わたしゃ鼻血が出そうなほど昂奮しているよ(笑)。この一言こそ、常々導師(グル)を否定しているクリシュナムルティの面目が躍如としているのだ。この場には、「私(クリシュナムルティ)が語り手で、集まった人々は聴き手」という構図が存在しないことを宣言している。しかも、「声高らか」にではなく飽くまでも「静かに」「普通に」「自然に」語っているところが凄い。


 日蓮は「一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ」(「崇峻天皇御書」建治3年/1277年)と説いている。ブッダの膨大な経典のホシが「人の振舞」にあるというのだ。


 クリシュナムルティの振る舞いは、「賢き人」がどのようなものであるかを教えてくれる。


 尚、訳者の高橋重敏は日本でクリシュナムルティ・センターを主催していたようだが、2006年に鬼籍に入り自然消滅したようだ。付言しておくと、「訳者あとがき」には何となく思い上がった調子が見受けられ、本書に瑕疵(かし)を付けている。また、セリフなどの括弧の後に句点を打っていないのも違和感を覚える。

キッチン日記―J.クリシュナムルティとの1001回のランチ

バチカン「神の銀行」に捜査の手 資金洗浄に関与か

バチカン銀 マネーロンダリング疑惑


 ローマ法王庁バチカン)の財政管理組織「宗教事業協会」(IOR、通称バチカン銀行)がイタリアの民間銀行を通じて巨額のマネーロンダリング資金洗浄)を行っていた疑いがあるとして、イタリア司法当局が捜査を始めた。「神の銀行」とも呼ばれるバチカン銀行をめぐる不透明な金の動きは、これまでにも度々指摘されてきたが、法王庁があるローマ市内のバチカン市国は独立国家であるため、捜査の手はほとんど及んでこなかった。司法当局は、民間銀行の捜査を尽くし、その過程でバチカンにも捜査協力を要請する方針だ。“アンタッチャブル”な世界の核心にどこまで迫ることができるか。
 伊ANSA通信などによると、バチカン銀行は過去3年間にわたり、イタリアの民間銀行最大手、ウニクレディトのサンピエトロ広場(バチカン市国内)にある支店の複数口座を通じ、多額の送金を行ったが、このうち少なくとも約6000万ユーロ(約80億円)分について、受取人や口座の実質的管理者名を明らかにしていなかった。イタリアでは2007年から施行されたマネーロンダリング対策新法により、これらの明示が義務づけられている。不透明な資金の流れは、イタリアの中央銀行のイタリア銀行が把握、司法当局に通報した。

マフィアと関係の取引先も


 ローマ法王は19世紀のイタリアの国家統一の過程で、すべての法王領を失ったが、1929年にムッソリーニ政権下のイタリア政府とラテラノ条約を結び、バチカン市国以外の領地を放棄する代償として7億5000万リラ(現在の約1200億円に相当)の補償金を得た。この補償金と世界中の信者からの献金を原資に、投資銀行などを通じてバチカンの資産運用を行っているのがバチカン銀行で、前身の法王庁財産管理局が改組されて1942年に設立された。
 だが、取引のあるイタリアや米国の銀行の担当者の中にはマフィアの世界とつながりのある者もおり、他国の捜査機関が原則として指一本触れることのできないバチカン銀行は、麻薬資金などの巨大な洗浄装置として悪用されるようになったとされる。法王庁は一貫して否定しているが、一説によれば、バチカン銀行は資金洗浄額の10%以上を手数料として取り、得た利益を東欧や中南米の反共組織に送金していたともいわれている。

調査中に不審死相次ぐ


 1978年9月には、バチカン宮殿で法王就任からわずか33日目のヨハネ・パウロ1世が65歳で謎の急死。遺体は解剖もされないまま、あわただしく埋葬された。ヨハネ・パウロ1世はバチカン銀行の改革と大規模な担当替えを表明したばかりだった。その後、翌79年にかけて、バチカンの不正な金融取引を調査していたイタリア当局の検事、刑事ら5人が、相次いでテロの犠牲者となった。
 82年6月には、バチカン銀行の主力取引行で13億ドルの不正融資が発覚したイタリアのアンブロシアーノ銀行の頭取が、銀行破綻直前にロンドンで変死体となって発見された(英当局は後に他殺と断定)。
 こうしたスキャンダル、疑惑は小説の題材にもなっているが、実態はベールに包まれたままだ。今回、イタリアの司法当局者は「まずは地道に口座の名義人と管理者を特定し、突破口を開く」と話している。
 法王がベネディクト16世(82)に代わってからは初めて及ぶ捜査の網。成り行きが注目される。


産経ニュース 2009-11-27

セバスチャン・サルガド


Africa Sahel: The End of the Road (Series in Contemporary Photography, 3)


The Children: Refugees and Migrants Workers: An Archaeology of the Industrial Age Workers: An Archaeology of the Industrial Age

新しい芽

 やっと見つけたよ。クリシュナムルティの著作の末尾に、東京勉強会、三鷹勉強会、八王子勉強会ってなことが書いてあった。散々検索してみたのだが一向にヒットしなかった。で、やっとの思いで「クリシュナムルティの会」を見つけ、そこから辿り着いたってわけ。SEO検索エンジン対策)を考慮していないことが明らか。これだけの情報量がありながら、実にもったいない話である。ま、そんなわけで都合がつけば12月の勉強会に参加する予定。

しょうゆ風調味料「味マルジュウ」


 もらい物である。これが美味い。取り敢えず私は次のように使っている。フライパンに少量の油で餅を焼く。餅が焼き上がったら火を止める。少し冷ましてから味マルジュウを裏表にかける。最後に刻み海苔をまぶして出来上がりだ。これがまた信じられないほど美味。山形県の名産品とのこと。お試しあれ。

丸十大屋 味マルジュウ 1.8L