古本屋の覚え書き

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77歳男性の胸に去来したもの

顔判別困難、激しく殴打=木内容疑者に強い殺意 一家4人家族殺害・千葉


 千葉県柏市の民家で一家4人が殺害されて見つかった事件で、逮捕された祖父のK容疑者(77)が殺害した家族の中に、顔が判別できないほど激しく殴打された被害者がいたことが25日、県警柏署の調べで分かった。
 凶器の大型ハンマーは金属部分の重さ約5キロ、全体の長さは約1メートル。被害者はそれぞれ数回ずつ殴られており、同署は木内容疑者が強い殺意を持っていたとみて、動機の解明を進める。
 一方、同署は同日から26日にかけ、4人の司法解剖を実施、詳しい死因を調べる。
 調べによると、K容疑者は妻とき子さん(75)から「邪魔だ」と言われ、「これまでに3回くらい殺してやろうと思った」と供述。殺害した4人のうち、母屋の台所で朝食の支度をしていたとき子さんを背中から、大型ハンマーで最初に襲ったことが分かっている。
 この後に「妻の具合が悪い」とうそをつき、母屋の隣にある別棟にいた長男茂さん(49)とその妻みゆきさん(44)を呼んで殺害。最後に別棟2階で寝ていた麻奈美ちゃん(4)を殺したという。
 同容疑者は昨年から不眠症で悩んでいたが、24日朝に起床した際、家族全員の殺害を決意したとしており、同署は事件当日に強い殺意を持つに至った経緯について捜査を進める。


時事通信 2008-06-24


 まるで、丸山健二の小説さながらの事件だ。


 妻から「邪魔だ」と否定されたことが、夫の殺意を形成した。「否定」とは「殺される」ことなのだ。ひとたび圧力のかかったバネが、思いも寄らない力で反発した結果といえる。


 夫に言わせれば、「殺される前に殺した」という論理になるのだろう。若かりし日から、堪(こら)えに堪え続けてきた、ありとあらゆるマイナス材料がフラッシュバックしたことだろう。人間の脳味噌は一旦「やる」と決めたら、実現する方向へドラマを作り始めるのだ。


 男は躊躇することなく、ハンマーを振るったはずだ。いつもは強張りがちな筋肉もしなやかに連動して、所期の行為を成し遂げたに違いない。手始めに妻を殺害した後、男の体内をアドレナリンが駆け巡った。それは、「自分が生き延びること」の確かな保障であり、崖っ淵からの生還と似たような感覚だった。


 逮捕後、4歳の孫まで手に掛けた理由を「一人だけ残すのは不憫と思った」と男は供述している。そんなものは嘘っぱちだ。安っぽい口実に過ぎない。その程度の知恵は、77年間も生きてくれば身につくものだ。真の理由は、「自分を否定する血」を根絶やしにすることだった。あと10年もすれば、孫から返り討ちに遭う可能性がある。


 男は勝った。男は生き延びた。


 ただ、男の判断力がまともだったのかどうかは、誰にもわからない。男の勘違いだったかも知れない。あるいは、男の頭部の内側で着々と痴呆症状が進行したいたのかも知れない。


 男は、殺すために生まれ、殺すために結婚をし、殺すために子を設けた。


 その事実に思い当たった時、男は我が罪に苛まれ、地獄の底をのた打ち回る羽目になる。家族を皆殺しにした後、男は自ら警察に通報し、血まみれの姿で失神していた。耐え難い事実を拒否しようと、精神のスイッチが切れてしまったのだろう。男の狂気は、逆風で加速したブーメランのように返ってきて、自分が振るった大ハンマーよりも強大な力で、魂を滅多打ちにするだろう。

「この街で」フォー・セインツ

 フォー・セインツが35年ぶりに復活。ジジイと言ってもいい年代になっているが、何なんだこの声の滑らかさは! そして、やさしいメロディーが、まるで「みんなの歌」のように心地いい。


 しかし、ここで歌われているのは、「定住以外の選択肢がない村意識」と「流動性の欠如したタコツボ社会」である。通奏低音になっているのは、「土地に束縛された農民のDNA」だ。そう、「一所懸命」は美しい。


 確かに、郷里を離れて都会へ出てゆくと、アイデンティティが横揺れすることがある。私はないよ。地方出身者という言葉には、どこか田舎を去って捨て鉢になっているような雰囲気も漂う。


 だが、見知らぬ土地へ行くことなくして「男の自立」はあり得ない。これこそが、「旅の目的」なのだよ。男は股旅、猫にマタタビだ!


 と、このように本気で考えているんだが、如何せんフォー・セインツの歌声に心惹かれてしまう。やはり、私も農民の末裔なのだろう。一所懸命がんばります。