アレルギーの発見

 スコットランドのセント・アンドリュース寺院の大司教ジョン・ハミルトンは、長い間激しい喘息の発作に悩まされていた。(ジロラーモ・)カルダーノは、ハミルトンの異母兄の貴族ジェームス・エールの招きによって、1552年にイタリアからスコットランドまで往診することになった。
 到着したカルダーノは、ハミルトンを数日丁寧に診察したのち、大司教が愛用していた枕を取り上げてしまった。枕には最も高価な白鳥の羽毛が入っていた。不満だった大司教は、しかし、翌日から全く喘息の発作を起こさなくなった。アレルギーという言葉さえ存在しなかった16世紀に、カルダーノは、大司教の喘息の原因がほかの家族の枕では使われていない白鳥の羽毛であることを見抜いたのである。
 エジプトのヒエログリフや、古代ユダヤのタルムード教典には、蜂に刺されて急死した人の話が現われる。何れもアレルギー機序で起こるショック死であると考えられている。しかし、事実の科学的考察というものが医学に導入されたルネサンス以後も、病い(ママ)の座としての特定の臓器を持たず、かつそれぞれの人によって異なった原因を持ち異なった現われ方をする病気、アレルギーは、近代医学の視野の中に入ってこなかった。アレルギー体質のことをアトピーというが、それはギリシャ語のATOPOS' いわば「場違いな」という言葉からきている。


【『免疫の意味論』多田富雄青土社、1993年)】


免疫の意味論