目撃された人々 6


 その瞬間、私の背後で脱兎の如く動いた人間がいた。神田の古書即売会。場所が場所だけに「やられたか?」との疑問が黒雲のように湧いてくる。その人物は一瞬にして1冊の本を抜き取った。フェンシングの突きのような無駄のなさと、猛禽類の急降下を思わせる素早さであった。振り返ると、そこに唐沢俊一がいた。「あ、唐沢さんじゃないッスかー。あのねー、私も札幌なんスよー」と言って脇腹をヒジで突っついてやろうかと思ったが、彼の顔は真剣勝負に挑む武士のような面持ちであったため遠慮しておいた。


 その後もチロチロと目を配りながら「あ、まだいるな」なんて確認したりした。変なんだよね彼の動きが。もう、なんて言うんだろうねー、自分の居場所と化してしまっているんだよなー。私なんぞは端から順番にじぃーーーっと見てゆくのが常なんだが、唐沢氏は、まず一歩目の踏み込みが異様に長いのである。なあんか節足動物を見ているようであった。あの長髪はひょっとすると触覚なのかも知れない。


 見るべきところはしっかり見た、とばかりに彼は風のように去っていった。


 レジへ行くと、あたふたとオヨヨ書林の山崎店主が仕事をしていた。山崎君は、いつものように猫背気味でウロウロし、いつにも増して全身から“貧乏ゆすり”のような波動を放っていた。彼から覚束ない手つきで渡された釣り銭が、間違っているような気がしてならない。