古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

『ゆきゆきて、神軍』原一男監督

 実写フィルムである。ナレーション・BGMは無し。


 物腰の低い62歳の男が現われる――奥崎謙三。顔の相に何かが滲み出ている。続いて結婚式会場へ場面が一転。仲人として祝辞を述べる奥崎。うち並ぶ親族を前に自らが犯してきた罪を語り、反体制活動が新郎との縁になったと述べる。


 字幕スーパーが躍る――

 奥崎謙三事件録
  昭和31年 不動産業者を傷害致死 懲役10年
  昭和44年 新年皇居参賀天皇にパチンコ玉を発射 懲役1年6ヶ月
  昭和51年 天皇ポルノビラをまく 懲役1年2ヶ月
  昭和56年 田中角栄殺人予備罪で逮捕 不起訴


 何が出て来るかわからない、そんな緊張を強いられる。この温厚そうな仮面の下で、何が燃えているのだろう。彼をしてアナーキーな行動に駆り立てている衝動はどこから湧いてくるのだろう。


 亡き戦友の母を訪ね、戦地であったニューギニアへ一緒に行く約束を交わす。墓前へ飯盒(はんごう)の御飯を捧げる。ぬかずいたままの姿勢で心に去来するのは、戦地での非道であろうか。はたまた、生き延びてしまったことを詫びつつ、鎮魂の祈りを傾けたのだろうか。


 奥崎はニューギニアで日本軍によって行われた残虐行為の真相を明らかにしようと、当時の上官を訪ねる。現地の日本軍が終戦を知ったのが8月18日。そして、9月の半ばになって数名の兵隊が処刑される。


 訪ねられた老人達は、戸惑い、狼狽し、ある時は泣き出す。隠せぬ動揺が処刑の名目が不当なものであったことを示して余りある。


 と、奥崎が叫び声を上げた。暗い画面の向こうで馬乗りになったまま、執拗に殴りつける。近隣の男達に止められ、警察が来ても平然と構えている。わずかな裂け目からテロリストの顔が噴出した。奥崎は映画の中でも語っているが、自分が正義と信じた行動に対しては、暴力という手段を行使することを正当化する。


 最後に訪ねたのは、冒頭のシーンに現われる男である。男は断固とした口調で「言えない。それだけは、絶対に言えない」と繰り返していた。奥崎は土足のまま走り寄り、革靴で蹴りつける。


 奥崎が繰り出すパンチは肩が入っていないし、蹴りも体重が乗ってない。そうでありながら、本気になって襲い掛かる気迫が相手を打ちのめす。私は終始、高鳴る鼓動を抑えることができなかった。


 真相が判明する。ここに至り、上官達が口をつぐんでいた理由も明らかとなる。彼等は人道にもとる行為を犯してしまったのだ。これは映画を見てない方のために、書くことを控えておこう。


 奥崎はこの後、主犯格の上官の息子を射殺しようとする。息子は重傷を負ったものの一命を取り留める。懲役12年の実刑判決が下る。服役中に妻・奥崎シズミが死亡。


 奥崎謙三のやり方は絶対に間違っている。だが、一匹の狼となって自分が信じた道を真っ直ぐに走り続ける姿勢が心を打つ。何者をも頼ることなく、国家権力をも恐れず、40年前の友の無念を晴らそうと戦い続ける。青年のような、その心と行動が胸に迫ってくるのだ。


▼この映画に関しては、賛否両論が余りにも多いため、引き続き、原一男監督が書いた『ゆきゆきて神軍 製作ノート+採録シナリオ』と、続編のビデオを見る予定。尚、ビデオは廃盤となったようだが、DVD化されているようなので、レンタル・ビデオ店にリクエストすれば取り寄せは可能だろう。


『ゆきゆきて神軍 製作ノート+採録シナリオ』原一男・疾走プロダクション編著(話の特集)
Wikipedia
『ゆきゆきて、神軍』
NO-FUTURE
戦時中、日本兵は中国人を食べた/『戦争と罪責』野田正彰