古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

存在というもの

 二郎の勉強机の前に坐って、彼はそういうことを考えた。二郎はいい漁師になるだろう。三郎もまたいい漁師になるだろう。そこには存在というものがある。しかし僕は何になるだろうか。勉強をして、高等学校にはいって、それから何になるだろうか。何一つまるできまってはいないのだ。入学試験の試験官が、僕の答案に80点をつけるか60点をつけるかで、僕の運命はどんなふうにでも変ってしまうだろう。(「夜の寂しい顔」)


【『廃市・飛ぶ男』福永武彦新潮文庫、1971年)】


廃市・飛ぶ男