古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

テレビ番組の存在論

 あなたがテレビ番組の『ペイウォッチ』を見ているとする。さて『ペイウォッチ』はどこに局在しているのだろうか? テレビの画面で光っている燐光体のなかにあるのか、ブラウン管のなかを走っている電子のなかにあるのか。それとも番組を放送しているスタジオの映画用フィルムやビデオテープのなかだろうか。あるいは俳優にむけられたカメラのなかか?
 たいていの人は即座にこれが無意味な質問であると気づくだろう。もしかすると、『ペイウォッチ』はどこか一カ所に局在しているのではなく(すなわち『ペイウォッチ』の「モジュール」というものは存在せず)、全宇宙に浸透しているのだという結論をだしたくなった人もいるかもしれない。だがそれもばかげている。それは月や、私の飼い猫や、私が座っているソファには局在していないからだ(電磁波の一部がこれらに到達することはあるかもしれないが)。燐光体やブラウン管や電磁波やフィルムやテープは、どれもみなあきらかに、月や椅子や私の猫にくらべれば、私たちが『ペイウォッチ』と呼んでいるシナリオに直接的な関係がある。
 この例から、テレビ番組がどんなものかを理解すれば、「局在性か非局在性か」という疑問が力を失い、それに代わって「どういう仕組みになっているのか」という疑問がでてくるのがわかる。


【『脳のなかの幽霊』V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー/山下篤子訳(角川書店、1999年)】


脳のなかの幽霊 (角川文庫)