古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

和歌山英数学館の校長だった笹岡治男先生

 大学受験をひかえた高校4年(※定時制)の秋、受験生向けの雑誌「蛍雪時代」の対談記事をたまたま読んだことがある。そこで、赤尾の豆単で有名な旺文社の赤尾好夫さんと、和歌山英数学館の校長だった笹岡治男先生が対談していた。そのなかでとくに笹岡先生の言葉が目にとまった。
「最近は、苦学してまで大学に行く学生がいなくなった」
 対談でそう話していた。そこで、駄目元で笹岡先生に手紙を書いた。
「僕は国立大学に行きたいのですが、いまはその学力がありません。といって私学に行こうにも金がありません。来年の春に国立大学を受験しますが、おそらく落ちるでしょう。そうなったら面倒を見てもらえないでしょうか」
 和歌山英数学館は、昭和36年(1961年)に設立された比較的新しい神学予備校だったので、熱が入っていたのかもしれない。驚いたことに、こう返事がきたのである。
「とりあえず頑張って受験勉強しなさい。万が一大学に落ちたら、私を訪ねてきなさい」
 この年の受験は、案の定、長崎大学も大阪外大も不合格だった。私は、笹岡先生からの手紙を握りしめ、夜行急行列車「西海」に飛び乗った。昭和38年(1963年)の春、ちょうど二十歳(はたち)になる年だ。故郷をあとにすることに何のためらいもなかった。
 それ以降、いまにいたるまで平戸に住んだことはない。


【『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一〈たなか・もりかず〉(幻冬舎、2007年/幻冬舎アウトロー文庫、2008年)】


反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)