古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

一人を喜ばせるよりも、皆を悲しませないように

(※引退の)発表を5時にしたのは訳があった。
 午前中に発表すると、夕刊の締切り時間に間に合ってしまい、朝刊だけの新聞は不利になる。父がいつも教えてくれた。
「ひとりの人を喜ばせるよりも、皆を悲しませないようにして上げるんだ。貞治、忘れないことだよ」
 みんな平等だという考え方が私の心の中にいつもあった。誰もが公平に、誰もが傷つかないような、そんな引退でありたい。そこで夕方の発表なら、誰かに出し抜かれて発表延期となるようなことはもうないだろう。そう考えたら、心を煩わすものはもう何もなかった。


【『回想』王貞治勁文社、1981年/ケイブンシャ文庫、1983年)】


回想