部民、領民、臣民、国民

 文明の歴史から見ると、人間の社会のあり方はまず「部民」と「領民」であり、日本では平安時代に荘園制度があって、荘園という狭い領地で働く人は領民で、森鴎外が書いた『山椒大夫』は散所(さんじょ)の奴隷監督だし、安寿と厨子王は領民の象徴である。領民の時代は藩が支配する江戸時代まで続き、明治維新で日本は国民国家の仲間入りをし、「領民」は君主政の下では「臣民」になり、共和制の下の近代国家では「国民」になっている。
 しかし、国民国家国家主義化して行き詰まり、近代社会は市民革命を体験することで、自由主義と民主主義の洗礼を受けたうえに、新たな形での市民が階層として登場した。
 ところが、戦後の日本には「市民」が登場せず、三井、三菱、大蔵、農協といった枠組みの中で、組織に所属する領民意識を助長したために、コミュニティと無関係になってしまい、「臣民」から「領民」に逆戻りしてしまった。21世紀に日本が再生するためには、日本人が落ち込んだ「領民」の境涯から脱して、真の自由と民主に根差すコミュニティの中で、「市民」にならなければいけないのである。(藤原肇


【『ジャパン・レボリューション 「日本再生」への処方箋』正慶孝〈しょうけい・たかし〉、藤原肇(清流出版、2003年)】


ジャパン・レボリューション―「日本再生」への処方箋