集中治療室から出て8日後、まだ意識も戻らない井上さんを、看護婦さんたちはお風呂に連れて行こうとしていた。井上さんのような意識のない状態の患者さんをお風呂に入れることなど、一般の病院では考えられないことだ。酸素吸入器をつけ、酸素ボンベまでお風呂に持ち込んでの入浴は、十分なケアと看護技術を持つこの病院(札幌麻布〈あざぶ〉脳神経外科病院)では、ごくあたりまえのこととして積極的に行われていることだった。
この病院では、お風呂での訓練のことを「温浴刺激運動療法」(温浴)とよび、意識のない患者を植物状態にしないためにも、早くからこうした取り組みが重要であると考えられていた。温浴は、患者を清潔にするだけでなく、意識の回復をはかるうえで大きな意味を持っている。
【『紙屋克子 看護の心そして技術/別冊 課外授業 ようこそ先輩』NHK「課外授業 ようこそ先輩」制作グループ、KTC中央出版編(KTC中央出版、2001年)】