鎌倉時代の国土認識

 当時の人々の国土認識は、天皇−洛中−西国と、「周縁」としての東国・南九州として定式化されるという。日蓮の認識も、基本的には天皇を「国王」と認め、「中心」を京(洛中)に求めるものであった。
 しかし一方で日蓮は、鎌倉執権北条氏を「国主」として実質的な権力者と認識していた。だから彼は北条時頼に『立正安国論』を上呈したのである。


【『戦国仏教 中世社会と日蓮宗』湯浅治久(中公新書、2009年)】


戦国仏教―中世社会と日蓮宗 (中公新書)