古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

心にかかる国の行く末


 人々が藩のことしか考えていない時代のやり取りである。

「やれ」
 麟太郎が突然そういった。
「え?」
「そ奴をおやり」
 竜馬はいきなり、大きな声で
「君がため
 捨つる命は惜しまねど
 心にかかる
 国の行末(ゆくすえ)」
 唄い出した。元々朗々としたいい声で詩吟はうまかった。
「もう一度やれ」
「はっ」
「もう一度だ」
「よし」
 五度目を吟ずる竜馬の頬に、すーっ、すーっと涙が伝って来た。そして泣きながらまたその歌をつづけた。


【『勝海舟子母澤寛(日正書房、1946年/新潮文庫、1968年)】


勝海舟 (第1巻) (新潮文庫) 勝海舟〈第2巻〉咸臨丸渡米 (新潮文庫) 勝海舟 (第3巻) (新潮文庫)


勝海舟 (第4巻) (新潮文庫) 勝海舟〈第5巻〉江戸開城 (新潮文庫) 勝海舟〈第6巻〉明治新政 (新潮文庫)