2010-09-01 心にかかる国の行く末 抜き書き 人々が藩のことしか考えていない時代のやり取りである。 「やれ」 麟太郎が突然そういった。 「え?」 「そ奴をおやり」 竜馬はいきなり、大きな声で 「君がため 捨つる命は惜しまねど 心にかかる 国の行末(ゆくすえ)」 唄い出した。元々朗々としたいい声で詩吟はうまかった。 「もう一度やれ」 「はっ」 「もう一度だ」 「よし」 五度目を吟ずる竜馬の頬に、すーっ、すーっと涙が伝って来た。そして泣きながらまたその歌をつづけた。 【『勝海舟』子母澤寛(日正書房、1946年/新潮文庫、1968年)】 子母澤寛 『青い空』海老沢泰久