そこでふつうは、まず、その人物について言及している資料から、さまざまな傍証を考慮しながら史実を抽出することになる。これはまことにその通りでなければならないわけで、後世の熱烈な信奉者の手になる捏造(ねつぞう)や神話化を、そのまま鵜呑(うの)みにしているようでは、もちろん話にならない。
しかし、ここには一つの大きな落とし穴がある。それは、その人物が古い時代の人であればあるほど、また、世俗的な権力の中枢から遠い所に位置する人であればあるほど、確かな証拠に乏しくなり、厳密な史実というものにあまりにこだわりすぎりると、その人物像は見る影もなく痩(や)せ細ってしまうということである。また、それほどでなくとも、その人物の魅力が大幅に失われてしまうことは間違いない。