祈りとしての文学

わたしを離さないで』は、アウシュヴィッツへの応答であると同時に、サルトルの問いに対する、作家イシグロの実践的応答として読むことができるだろう。彼らは人間らしくその生をまっとうすることはできないのだと、世界から当然のように見なされ、その生もその死も、世界に記憶されることのないこれら小さき者たちの尊厳を、小説こそが描きうるのだという応答である。それはまた今日の世界におけるパレスチナ的現実への応答であり、これら祈ることしかできない小さき人々に捧げられた祈りでもある。祈りとしての文学――。
 文学は祈ることができる。あるいは、祈ることしかできないのだ、と言うべきなのだろうか。だが、祈りとは何なのか。「解放の神学」の神父たちが銃をとったのは、祈りを無力と考えたからだ。人間が人間となった太古(いにしえ)から連綿とあったこの営みは、銃によって、あるいはダイナマイトによって、否定されねばならないのだろうか。


【『アラブ、祈りとしての文学』岡真理(みすず書房、2008年)】


アラブ、祈りとしての文学