アドルフ・ヒトラーが政権の座に就いてからすでに3年半という歳月が過ぎた1936年10月19日、当時中独アメリカ大使を務めていたウィリアム・ドットからルーズベルト大統領に宛てて、一通の書簡が送られている。
「現在100社を超えるアメリカ企業がここに子会社を構え、ドイツと友好的な関係を築いています。デュポン社はドイツに3社の提携企業がありますが、この3社はいずれもドイツの兵器ビジネスに携わっています。その筆頭はIG(イーゲー)ファルベン社で、このドイツ政府の一端を担う企業は、年間20万マルクもの資金を、アメリカの世論を操作するためのプロパガンダ会社に注ぎ込んでいます……。スタンダード石油(ニューヨーク)は1933年12月に200万ドルをドイツに送金し、ドイツが戦争のために必要とするガス生産のために年間50万ドルの支援をしています……。インターナショナル・ハーベスター社の社長は私に彼らの売上が年間に33パーセントも上昇している、と、語りましたが、私はそれが兵器生産によるものだと信じております……。ゼネラル・モーターズ社とフォード社はドイツ子会社を通じて莫大な事業を展開しています……。私がこれらの事実について触れているのは、これらのアメリカ企業が事を複雑にし、戦争の危険を増大させていると考えるからであります」
実際ドット対しのこの懸念は数年後に現実のものとなり、世界は大戦争の波に飲み込まれた。この第二次世界大戦の関しては、これまで膨大な量の論文や本が出版され、ドキュメンタリーや映画が製作されてきた。が、ドット大使(※駐独アメリカ大使)がこの書簡で伝えたエッセンス、「アメリカ企業が戦争の危険を増大させている」という指摘は、十分に検証されることなく今日にいたっている。この戦争の責任はもっぱらヒトラーやナチス指導部にのみ帰せられ、「ドイツの兵器ビジネスに携わり」、「戦争の危険を増大」させたアメリカ企業の実態について、包括的な研究がなされることはなかった。
- 『ザ・コーポレーション(The Corporation)』日本語字幕
- 菅原出