社民切りが「小沢氏の許容範囲超えた」…検証2

 鳩山が福島罷免に踏み切る前日の5月27日夜。民主党小沢一郎幹事長はひそかに首相公邸に入り、鳩山と向き合った。
 小沢は大詰めを迎えていた沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題で「沖縄県内移設」に反対する福島に配慮するよう、「円満解決」を求めた。「福島は続投。社民党も連立政権に残る」という小沢の主張に、鳩山は反論しなかった。
 ところが鳩山は翌28日朝にオバマ米大統領と電話で会談したことを境に、豹変(ひょうへん)する。移設先を「同県名護市辺野古」と明記した対処方針に踏み切り、福島を閣議での署名拒否に追い込み、罷免した。鳩山から小沢への事前の連絡はなかった。
「どうして鳩山が変わったのか。分からない」
 小沢は衝撃を受けた。
 小沢が「政府の仕事」として介入を避けてきた普天間問題に口を出したのは、社民党との連立瓦解は、小沢の参院選戦略や国会運営を根幹から揺るがすと分かっていたからだ。小沢周辺は「鳩山は自覚もないままに、小沢の許容範囲を超えてしまった」と振り返る。
「鳩山降ろし」のシナリオが一気に描かれた。「6月2日か3日に鳩山が退陣を表明。その週末には代表選挙で後継を選出」というものだった。一気呵成(かせい)に事を運べば、「新首相」への“ご祝儀”もあって、参院選に多少でもプラスになるとの読みもあった。小沢の信頼が厚い中堅議員は「鳩山で選挙に臨めば民主党は30議席を割る。鳩山以外なら、誰が首相でも30議席は確保できる」と解説する。
 小沢と民主党輿石東参院議員会長は5月31日、鳩山と国会内で会談した。わずか5分。小沢が切り上げた。直後の鳩山と中国の温家宝首相との夕食会に小沢が配慮したと言われる。鳩山はこの短時間に「辞意を伝えた」と主張する。小沢周辺は「鳩山は続投に意欲を示した」と反論する。参院幹部は「鳩山は『辞める』とは言ったが、いつ、どういう形で辞めるかはっきり言わず、条件さえつけた」と、鳩山の言い方を巡る双方の受け止め方が違ったことを示唆する。
 翌1日の2度目の鳩山、小沢、輿石の3者会談で、鳩山は「幹事長にも身をひいていただきたい」と「道連れ」を迫ったとしているが、小沢は「互いに期することで一致したということだ」と言うばかりだ。
「小沢は自身の資金管理団体陸山会』の事件で、検察審査会の2度目の議決をにらみ、ここで身をひいた方が得策と考えた」との見方もある。「道連れ」ではなく、小沢が自発的に辞任を決意したというのだ。
 小沢側近は「首相がああいう説明をしている以上、そうだというしかない。小沢さんは鳩山さんのメンツをたてた」と語る。一方、鳩山側近は「首相が辞めた最大の理由は自身と小沢の『政治とカネ』の問題だ。2人がひくことで少しでも参院選でいい結果が出るようにと、ずっと思っていた」と、鳩山が早くから辞意を胸に秘めていたと証言する。(敬称略、肩書は当時)


YOMIURI ONLINE 2010-06-03】