ピュタゴラスの証明には反駁(はんばく)の余地がない。彼の定理はこの世のすべての直角三角形において成り立つのである。この発見の重大性にかんがみ、神々への感謝のしるしとして100頭の牡牛が犠牲に供されたといわれている。この発見は数学における一つの里程標であり、文明史的に見ても最大級の快挙といえるだろう。それは二重の意味で重要だった。第一に、これによって証明という概念が生み出されたこと。証明された数学的結論は、論理を一歩一歩積み上げることで得られるという意味において、ほかのいかなる真理よりも真である。哲学者タレスはすでに素朴な幾何学的証明をいくつか作り出していたが、ピュタゴラスは証明という概念をさらに推し進めることによって、はるかに独創的な命題を証明してみせたのだった。ピュタゴラスの定理がもつ第二の重要性は、抽象的な数学の方法を具体的なものと結びつけたことにある。ピュタゴラスは、数学的真理が科学の世界にも応用できることを示し、科学に論理的な基礎を与えたのである。数学は、厳密な出発点を科学に与えてくれ、科学者はこの堅固な基礎の上に、厳密にはなりえない測定と、完璧ではありえない観察とを付け加えてゆくのである。
【『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』サイモン・シン/青木薫訳(新潮社、2000年/新潮文庫、2006年)】
- 概念と方法
- サイモン・シン
- ゼロから無限が生まれた/『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ
(※左が単行本、右が文庫本)