1冊読了。
62冊目『忘却の河』福永武彦(新潮社、1964年/新潮文庫、1969年)/これぞ、「ザ・小説」。いやあ凄い。たまげた。ローリー・リン・ドラモンド以来の衝撃だ。さして興味のない筋書きでありながら、ぐいぐい読ませる。めくるめく文体。ありきたりの風景を、絶妙な線とタッチで描いている絵画のようだ。独白で展開する七つの章。「忘却の河」というタイトルであるにもかかわらず、書かれているのは「記憶の山」だ。過去の澱(よど)みが次から次へと流れる。擦れ違う家族のそれぞれが迷い、葛藤し、悩みながら生きる姿が綴られている。小さな秘め事が不信感を増幅する。繰り返される生と死の輪廻(りんね)。出生の秘密と子守唄の謎。満たされない現在と、過去の恋愛が交錯する。河を流れる水は源から生まれ、ゆったりと嫌な臭いを放ちながらも流れてゆく。最終章で迷いが自省へと昇華する。まるで河から海へと流れ込むように。