古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

ヨアン・アンドネの抗議行動

(ヨアン・)アンドネが英雄になったのは、そのシーズン最後のリーグ戦でのダービーだった。
 3-0、文句のない〈ディナモ〉(※ルーマニア)の圧勝。ディフェンダーながら、自らも得点を決めたアンドネは、勝利を告げるホイッスルを聞くと感極まった。彼はスタンドのヴァレンティンを見つける。背を向けた。そして、一気にパンツを下ろした。
 周囲は凍りつく。チャウシェスク大統領の長男に向けて下半身を見せる抗議行動。否(いな)、侮蔑(ぶべつ)行動――いったいどんな恐ろしい粛清が待ち受けているのか。
 アンドネにとって幸運だったのは、ヴァレンティンのお気に入りだった〈ステアウア〉のFWマルウス・ラカトシュと仲が良かったことだった。代表の右ウイングで勇躍していたラカトシュは、試合さながらに快速をぶっ飛ばしてヴァレンティンに駆け寄り、必死に友人の非礼を詫(わ)びて罪の軽減を訴えた。


【『蹴る群れ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(講談社、2007年)】