アダムとイブの原罪

佐藤●さて、善悪の知識の木の実を食べたふたりは、自分たちが裸だということに気付いて、イチジクの葉をつづりあわせて腰を覆います。その日、エデンの園に神様がやってきました。足音を聞いたふたりは隠れます。神様は「あんたら何してるんだ。あれを食べたのか?」と。男の方は「女に言われて食った」と女のせいにするわけです。女は「蛇がだましたので、食べました」と。
 神様はびっくりしました。「食ったか?」と聞かれたら、「食べました」「食べてません」と答えればいい。なのにこいつら平気で嘘をついたり、話をねじまげたりすると。自分に似せてつくったはずなのに、とんでもないものをつくってしまったと。責任を取ろうとしない、人に言われた話を勝手に膨らます、この構造の中に「原罪」を見るわけです。いわば、嘘つき物語の始まりなんですね。「原罪」とは何か。ひとことで言うと、人間は「嘘をつく性向がもともとある」「嘘つき動物」だということになるでしょう。


【『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき』佐藤優魚住昭朝日新聞社、2006年)】


ナショナリズムという迷宮―ラスプーチンかく語りき ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき (朝日文庫)
(※左が単行本、右が文庫本)